なぜ薬剤師でなければ医薬品を取り扱ってはいけないのか  井上晃宏(医師、薬剤師)

2010年03月07日 05:53

 私は医師であると同時に薬剤師である。管理薬剤師を3年ばかりやっていたこともある。
 ここで述べることは、業界内の人間にとっては、ほとんど常識とも言うべき事柄であるが、マスコミやWebに流れることはない。業界にとって不利な事柄だからである。(テレビ業界にとっての電波利権のようなものだ)
 50年前の医薬品は不均一で不安定だった。品質や有効性や真贋を見分ける必要があった。また、薬は、製薬会社から供給される形態のままで患者に使うことができず、エキスを抽出したり、増量剤を混ぜて分包したり、打錠機で錠剤としたり、カプセルに詰めたり、ワセリンに混ぜて軟膏にしたり、溶かして水剤とする必要があった。輸液も、製品の種類が少なく、めんどうな調製を必要とした。そのためには、専門技術者が必要だった。
 宮崎駿監督作品「魔女の宅急便」の冒頭で、キキのお母さんがやっている仕事が、かつての薬剤師の仕事だった。薬局は単なる小売店ではなく、家内制手工業の工房だった。


 そのような時代の技術水準を反映して、厚生労働省令(昭和36年制定)により、薬局には、以下のような設備の設置が、現在でも義務付けられている。この規定は、個別の薬局に機器を置かなくても、外部機関に委託するという形でクリアすることができるが、薬剤師はこれらを使用できるよう訓練を受けている。しかし、実際に使うことはない。

イ 顕微鏡、ルーペ又は粉末X線回折装置
ロ 試験検査台
ハ デシケーター
ニ はかり(感量一ミリグラムのもの)
ホ 薄層クロマトグラフ装置
ヘ 比重計又は振動式密度計
ト pH計
チ ブンゼンバーナー又はアルコールランプ
リ 崩壊度試験器
ヌ 融点測定器
ル 試験検査に必要な書籍

 製剤技術の進歩によって、医薬品取り扱いに技術は必要なくなった。現在の医薬品は、特殊な操作を経ることなく、患者に使用できる。薬剤師が医薬品を取り扱うのは、歴史的遺制だ。
 一般に、技術の進歩は、それまでの専門技術者を不要にする。
 和文タイプがワープロに進歩することで、専任オペレーターが不要になったように、電算写植機やDTPの進歩により写植工がいらなくなったように、銀塩カメラがデジカメ化されたことでDPEが不要になったように、かつての専門技術者は不要になってきている。
 単なるキーパンチャーは消滅したが、他のOA業務に進出する形で命脈を保ったとも言える。技術者は絶滅したのではなく、別の仕事に移動していったのだ。
 ところが、業務独占の免許制度があると、このような柔軟な職能の変化は起こらない。いつまでも、教育と不釣合いな単純作業に技術者が張り付けられてしまう。
 薬剤師は、「単なる販売や調剤業務から脱して、医薬品情報業務に進出しつつある」などと言われることがある。わかりやすく言えば、店頭でレジを打ったり、薬のシートをハサミで切って袋に詰める作業だけでなく、医師の書く処方箋を監査したり、医師のコンサルトに答えたり、患者に服薬指導をしたり、医薬品情報収集(DI業務)をしているというのである。
 ところが、依然として、OTC販売(第一類)や調剤業務は彼らが独占している。そのために、薬学教育における実験化学教育の割合は現在も高く、薬に直接関係する薬理学や薬物動態学は多くはない。薬剤師は、一般人が漠然と想像しているような「薬の専門家」ではない。中途半端な実験化学者なのだ。
 もっとも、「OTC販売や調剤業務のために化学教育が必要」という話が嘘であることはすでに説明したとおりであるが、薬剤師の職能を正当化するために、薬科大学では無意味な教育が続いている。
 医薬品開発を行う研究者、技術者の養成もしているという言い訳をする人もいたようだが、薬科大学独自の研究分野は存在せず、他の学部で代替できるので、実験教育を行う理由にはならない。製薬会社で、実際に医薬品開発をしている研究者は、理学部や工学部や農学部出身者が大半であり、薬学部出身者がいなくなっても、特に困らない。
 「高学歴者を単純作業に張り付けている」状況を改善するには、古典的な薬剤師の職能を一般人やテクニシャンに明け渡し、「高度な仕事」に職能を絞れば良いが、日本薬剤師会や薬科大学などのロビイングがそれを許さない。大半の薬剤師は、「高度な仕事」なんかしていなくて、「レジ打ち、袋詰め」で食っているのだ。

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