ネット生保立ち上げ秘話(2) 投資委員会 - 岩瀬大輔

2010年04月20日 16:34

居候生活はじまる

 ときは、2006年7月4日。場所は、溜池山王の交差点近くのランディック第三赤坂ビル。

 1階ではマクドナルドが24時間眠ることなく、小腹を空かせた企業戦士たちに、ハンバーガーとフライとコーラと、つかの間の安らぎを提供している。このビルの8階にある投資ファンド『あすかDBJパートナーズ』のオフィスにて、僕らの挑戦は始まった。わずか6席の小さなオフィスに、3社が同居していた。我々は、居候(いそうろう)である。

 このときはまだ、「ネットライフ企画」の原型は何もなかった。あったのは、机とパソコンと電話とファックス。中古のコピー機。あとは、社長の出口の頭の中にある事業計画だけだった。

(ライフネット社長・出口治明との出会いについては「第一回 プロローグ」をご参照) 


 本プロジェクトの相棒である社長の出口は、1948年生まれの58歳(当時)。後に知ることになるのだが、大手生保出身で、かつては生保業界のオピニオンリーダーとして活躍。著書の「生命保険入門」(岩波書店)は、業界を俯瞰した基本書として、プロの間でも評価が高い。銀髪と独特なしわがれ声が、実年齢よりも年上に感じさせるが、同時に青年のような清々しさとエネルギーに満ちた、不思議な魅力をもった人物だ。

 日本の生命保険業界は簡保・共済も入れると、年間の支払保険料が40兆円という、巨大なマーケットだ。しかし、1990年代の金融ビッグバン、そしてその後に訪れたインターネット時代の到来と、大きく時代が変わろうとしているなか、生保会社の変革への足取りは重かった。

 だとすれば、顧客が求める「分かりやすいシンプルな商品」「利便性の高いチャネル」といった声にすなおに耳を傾けていけば、きっと大きなチャンスはあるはずだ。世の中は新しい、セイホを求めているに違いない!細かい戦略は存在しなかった。あったのは、このゆるぎない信念だけ。

 まずは最初の1ヶ月で、これからの事業構想の骨格となるビジネスプランを作ろう。そう考えて、作業を始めることにした。

 しかし、いざ出口と2人で仕事を始めるとなると、心配事は尽きなかった。

 まずは、自分の父親と同じ年の、大企業出身のおじさんと二人っきりで毎日過ごすなんて、話が合うかなぁ。飽きないかなぁ。

 また、考えれば考えるほど、ネットで生保なんて売れるわけないじゃん!と思ってしまう。やっぱり、契約をする前には、営業マンの話を聞きたいよね。ついつい、そう考えてしまう。

 そして、シードマネーの出資は決まっていたと思っていたのに、来てみると、あすかDBJのファンドの方々は、「まだ出資を決めたわけではない。これから事業性を検証して欲しい」という。ええええ。話が違うよ。

 そんな不安を連発する僕に対して、出口がにこりと笑ってゆったりと語った:

「大丈夫だよぉ。

 ボクは、イージーゴーイングなんで、あまり深く考えないようにしているんだ。

 絶対に、上手く行くよ。」

 温かいしわがれ声を聞いていると、根拠はないのだが、何とかなるような気がしてきた。そんななか、新しい毎日が始まった。

「ローラ」の発見

 仕事をはじめてからちょうど1ヶ月の8月4日、出口と僕が迎える最初の大きな正念場が予定されていた。

 この日、新会社の最初の株主となる予定である投資ファンド「あすかDBJパートナーズ」の投資委員会メンバーに2時間ほどもらい、新事業のビジネスプランをプレゼンテーションをすることになっていた。「あすかDBJ」とは、谷家さんが運営されているヘッジファンドである「あすかアセットマネジメント」と、日本政策投資銀行が共同で運営している、新しいスタイルのベンチャー応援ファンドだった。

 百戦錬磨の金融のプロたちに出資を決めてもらうためには、かっちりとしたファクツとロジックによって説明され、かつ直感的にも「イケる!」と思ってもらえるストーリーがあり、そして我々のパッションや、本プロジェクトの社会的意義が感じられるものでなければならないことは分かっていた。それほどの内容のプレゼンテーションを、1ヶ月足らずで本当に準備できるのだろうか?

 動き出してからかなり早い段階で、その後もずっと戦略の議論や出資者周りに「バイブル」として使えるようなビジネスプランを準備しなければならないこと、そしてそれは膨大な市場調査分析、顧客ヒアリング、海外事例調査などが内容として必要であることは、分かっていた。

 そのため、僕はこの作業に大いに役立ってくれるであろう「助っ人」を、1人手配していた。それが、大手戦略コンサルティングファームの派遣でハーバードMBAの後輩、Nである。1年下に在学中の彼女に夏休みを利用して、1ヶ月ほどインターンという形で、僕らの仕事を手伝ってもらう約束を取り付けていた。

 Nは大学時代からの友人である。頭の回転が速いアメリカ帰りの帰国子女で、コンサルらしく歯ごたえのある議論を仕掛けるのが好きでありながら、新しいアイデアを生み出す視点のやわらかさや、若い女性らしい感覚を持ち合わせている逸材。留学前にリテール金融のマーケティングプロジェクトを多数経験していることも、心強かった。

 出口と僕とN、3人で、ビジネスプラン作りが始まった。
 
 出発点として、出口が思い描く商品や売り方のイメージはあったが、それはまだ漠然としており、何度となく三人で会議室にこもって、つばを飛ばしながら議論をすることになる。

 最初に引っかかったのは、「ネットで生保が売れるか」という哲学的な問いである。当初は、売れる、いややっぱり売れない、といったやりとりを、禅問答のように繰り返していた。

 ブレイクスルーとなったのは、市場セグメンテーションの考え方である。売れるか売れないか、という議論は意味がない。どういう属性の人たちなら買ってくれるか。そして、そのような人は、どれくらい人数いるのか。どうやったらアクセスできるのか。

 市場データを分析していくと、世の中の10~15%の人は、生命保険を選ぶ際に3~5社を丹念に比較して買っていることが分かった。この人達はライフステージで言うと子育て中の人が多く、相対的にリテラシーが高いが、収入や貯蓄は必ずしも高くない。

 保険というウェットな商品を、論理的、理性的に判断して買っている。そんな人達が10人に1人いてくれれば、40兆円の市場では十分に大きなマーケットだ。

 コンサルらしいセグメンテーションの図を描いていると、出口が叫んだ。

「ロジカル(論理的)、そしてラショナル(理性的)。彼らは、『ローラ』だよ」

 えぇぇ、「ローラ」って、なんだそのネーミング。なんかの歌で聞いたことがあるような。でも、キャッチーで面白いかも。これ以降、我々が想定する顧客属性のことを、「ローラ」と呼ぶようになった。そして「ペルソナ」という手法で、ローラがどんな人で生活スタイルをしているか、どんな雑誌やウェブ媒体を見て情報を取っているか、そんなことを想像して、マーケティングの考え方を組み立てていった。

 同時に、各種の調査分析をはじめた。まずは、世の中に既に出回っている、ありったけの市場調査資料をかき集めて、丹念に分析。海外の人脈をフル活用して、米国や英国のネット生保販売の事例を調査。友人や知人でウェブやマーケティングに詳しい人間をかたっぱしから訪問して、アイデア出しのためのディスカッション。僕の個人ブログで協力を呼びかけ100名弱を対象としたネットアンケートを実施し、面白い回答をした人たちに個別に電話でフォローのインタビュー。更に、土曜日に会議室に何名か集まってもらい、かなり掘り下げたフォーカスグループインタビューも行なった。作業から新しいインサイトが得られるたびに、再び会議室のホワイトボードを前に、議論を交わし、整理していった。

 1ヶ月もすると、当初からは見違えるほど洗練され、すっきりとした事業計画が練り上げられていた。それは僕が必要だと考えていたファクツとロジックと、顧客の生々しい現場感あふれる声に裏打ちされていた。この事業は、絶対に大きな可能性を持つ!多くの人と話をし、分析を進めれば、進めるほど、そう感じるようになっていた。プレゼンテーション前夜の8月3日は、コンサル時代を思い出しながら、Nと二人でオフィスに残って、100ページを超えるパワーポイントの資料を完成させ、近くのキンコーズに行って印刷をしてもらった。

投資委員会

 そして、当日。あすかDBJの四人の投資委員会メンバーが、僕らの前に座っている。

 まずは出口が冒頭に、自ら書き上げた「エグゼキュティブサマリー」として、以下の三つの力強いメッセージを述べた。

『一.我々のビジネスモデルは(理念的には)絶対に正しい
 二.他方で、現実のカベは、途方もなく厚くて高い
 三.我々には、このカベを乗り越えて「飛躍」を実現するために必要な、天の時、地の利、人の和がそろっている。我々なら、必ずしや「飛躍」が実現できる』

 続いて、僕がプロジェクターかNがフォローの説明を入れてくれながら、大型のドキュメントを説明していく。投資委員のメンバーは、黙って聞いている。

 一時間ほどかけて、最後まで説明が終わった。彼らは、どんな感想を持ったのだろうか?一番厳しいかもしれないと思っていた一人の投資委員が、口を開いた。

「私はいま、大きな感動と驚きを覚えています。

 感動は、この短期間でここまできっちり調べて、分析をして、まとめあげたこと。

 そして、驚きは、このような綿密な調査分析の結果得られた結論が、一番最初に出口さんにお会いしたときに語られていた内容と、何一つ違わないこと。私は、この事業を全力で応援したいと思います。」

 他の投資委員も、深くうなづいた。事実上、あすかDBJからの出資が決まった瞬間である。僕とNは二人で大きく喜んでいると、出口は僕らにウィンクをし、優しい笑みを浮かべていた。

(つづく)

岩瀬 大輔
ライフネット生命保険代表取締役社長

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