米国の中央銀行である「米連邦準備理事会(FRB)」は1月末でバーナンキ議長が退任し、2月から前副議長のジャネット・イエレン氏が議長に就任した。イエレン新議長はこれまで大統領経済諮問委員会委員長やサンフランシスコ連銀総裁などを歴任し、経済学者としての名声も高いうえに直前はFRB副議長であったことから、バーナンキ氏の後任として適任だといえるだろう。
■実績は十分でも・・
ただ、2007年夏から始まった一連の未曾有の金融危機に際し、大恐慌研究の第一人者であるバーナンキ氏でさえも、FRB議長(当時)としての対応が後手に回ったことを考えると、過去の実績があるからといって、イエレン氏がFRB議長として十分に実力を発揮できるかどうかは分からない。
ちなみに、サンフランシスコ連銀総裁時代の2008年9月16日(リーマンショックの翌日)、臨時に開催された「米連邦公開市場委員会(FOMC)」で、イエレン氏は景気後退への懸念を示しながらも「利上げをいつにするか」など、あとから見ると全く的外れの発言をしていた(今年2月に、当時の議事録が公表された)。
■失言
イエレン議長は3月19日、就任後初のFOMC後に行われた記者会見で、利上げの具体的な時期に言及し市場に衝撃を与えた。
FOMCは終了時に「声明文」を出し、その中でFOMCの結果やその理由などを明らかにしている。3月19日の「声明文」にも「従来の金融政策を継続する」旨が書かれていたが、「現在の金融緩和政策をいつまで続けるか」や「いつ金融緩和から利上げに転ずるか」というような、市場が気にしている部分は明確にされていなかった。
金融政策当局は将来の金融政策についても議論するが、経済・金融・市場などの金融政策を決めるための要件は常に変化しているため、議論はしても予め政策変更の時期を決められるはずがない。しかし、イエレン氏はロイター社のアン・サフィール記者の質問に「今年の秋に量的金融緩和を終了し、その6ヵ月ほどあとに利上げするつもり」と言ってしまった。
■なぜ失言したか?
イエレン氏が「失言」してしまった原因としては、「FRB議長としての記者会見に不慣れ」だったことや、市場の反応を見るために「敢えて失言」したことなどが考えられる。
ただ記者会見の状況を見ると、サフィール記者の質問を途中で遮って答えるなど、イエレン氏には、とても「敢えて失言」するほどの余裕はなかったように思われる。
FRBには、国内外から異例の金融緩和政策について多くの批判があることから、これまでも量的金融緩和の終了時期や利上げ時期について議論されていたはずだ。しかしバーナンキ前議長は金融政策当局の責任者として、生煮えの議論を表面化させることのリスクを考慮し、記者会見ではこうした議論の内容を明らかにしなかったのではないかと思われる。
■新たなリスク
FRBは「失言」後すぐに火消しに回り、市場は落ち着きを取り戻した。イエレン議長自身も後日、3月31日のシカゴでの講演で「利上げは、まだ先」と述べ、先の記者会見での発言を事実上撤回した。
イエレン議長の失言は「市場に利上げを強く認識させた」という意味では、結果としては失言にならないかも知れない。しかし、米国をはじめ先進各国の経済は、まだまだ正常化には程遠い状況にある。仮にイエレン議長がリーマンショック翌日のFOMCの時のように現状認識を誤っていて、記者会見の発言が今でも本音だとすると、FRB議長交代で「世界経済は新たなリスクを抱えた」といわざるを得ないだろう。
長谷川 公敏
(株)第一生命経済研究所 代表取締役社長
編集部より:この記事は「先見創意の会」2013年4月15日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった先見創意の会様に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は先見創意の会コラムをご覧ください。