なぜ人手不足になるの?(中級編)

池田 信夫

先月のこども版がいまだに話題になるので、ちょっと中級向けに補足。これは経済学用語でいうと、自然失業率の話だ。失業率ゼロの「完全雇用」というのは存在せず、どこの国でも一定の失業は残る。黒田総裁も「3.6%は構造的失業率に近づいているか、ほぼ等しい」という表現で同じことをいい、「需給ギャップはほぼゼロ」と言っている。


ここから経済学でいえることはシンプルである:日銀のやることは何もない。量的緩和はただちにやめるべきだ。これ以上マネタリーベースを増やしても意味がない。黒田総裁は「インフレ目標2%は達成できる」と自信を見せているが、達成しても景気はよくならない。追加緩和なんて、もってのほかである。

それが「人手不足」の示していることだ。ミクロ的には「人が足りないのに賃金が上がらない」と思うだろうが、正社員の賃金はまだ絶対的には高い(単位労働コストは中国の2倍以上)。これが均等化するまで、実質賃金は下がり続ける。今まで名目賃金が下がっていたのが、インフレによる賃下げに置き換わるだけだ。

3月の名目賃金(現金給与総額)は0.7%上がったが、インフレで実質賃金は1.3%下がった。もちろん人が足りない企業は賃上げするだろうが、ほとんどの企業は何もしない。名目賃金を切り下げるのは抵抗があるが、物価が上がっているとき何もしないのは簡単だからである。こうして人件費を下げて企業収益を増やすことがリフレの理由だから、「賃上げ要請」なんかしている政権は無知か偽善である。

日銀の指標とするコアCPI上昇率は1.3%だが(エネルギーを除く)コアコアCPIは0.7%だ。つまりこのインフレは日銀のおかげではなく、輸入物価とエネルギー価格の上昇による悪いインフレである。企業は電気代などの上がったコストを価格に転嫁する。牛丼や居酒屋などで、消費増税のどさくさにまぎれて値上げが始まっている。

要するに人手不足になるのは、脇田成氏もいうように、実質賃金が下がりすぎているからなのだ。国際的にはまだ高い賃金が国内的には不均衡をまねくのは、非正社員をバッファにする労働市場のゆがみが原因だ。それを是正しないでインフレで実質賃金を下げると、正社員と非正社員の格差が拡大する一方、ただでさえ資本過剰の企業の貯蓄に回るだけだ。

デフレは不況の原因ではなく結果なので、デフレを止めても景気はよくならない。それが早くも雇用が飽和したことの意味である。日銀は、FRBでいえば失業率6.5%の目標をクリアしたので、テーパリングを始めるときだ。少なくとも出口戦略を明らかにすべきである。

追記:さらにミクロな上級編も書いた。