潮汕で全国ブランドの牛肉鍋が生まれたなぞ

福建と接する広東省の潮汕地方で生まれた、牛肉鍋(牛肉火鍋)が中国各地でヒットしている。牛の部位を細かく分けたことと、網の中で熱湯にわずかにさらすしゃぶしゃぶのような食べ方が受けているようだ。

先日、「日中文化コミュニケーションの授業で1年生が中国の地方食文化について研究発表をした。当初は日本料理と中華料理の比較をしようとした。だが、「和食」はユネスコの無形文化遺産に登録されるほど明確なとらえ方ができるのに対し、中華料理は地方色が強すぎ、とてもひとまとまりにはできない。そこで、中国の地方料理、特に地元である広東料理と潮汕料理の比較を試みた。

題して、「食は広州にあり、味は潮汕にあり(食材広州、味在潮汕)」。言葉を比べれば、広州を中心とするエリアは広東語を話し、同じ広東省でも福建に接する潮汕地区は台湾でも話される閩南語に近い。食もまた同じで、潮汕料理は福建料理に近い。生活に密着した食文化は言葉とも深くつながっているのだ。

広東料理が「ニワトリがなければ宴席にならない(無鶏不成席)」と言われるように、潮汕料理は「海鮮がなければ宴が開けない(無海鮮不成筵)」と言われる。内陸と沿海の地理的条件が料理にも影響を与えている。味付けも広東料理は醤油がメーンだが、潮汕料理は潮を中心にさまざまな調味料を加えるのが特色だ。広東料理も味付けが濃くなく、日本人の口にも合うが、潮汕料理はもっとあっさりしている。

そこで話題となったのが、なぜ潮汕地区に牛肉鍋が生まれたのか、という起源に関する疑問だった。

海鮮が中心で、もともと牛肉を好んで食べる地区ではない。市場に行けば一目瞭然だ。海産物が多く、肉は豚とニワトリがほとんどで、牛肉を売っている店は一つか二つぐらいしかない。しかも授業では汕頭出身の学生が、もともと仏教信仰の篤い土地で、しかも、牛は農耕用の貴重など動物だったので、牛を殺す習慣はなかった、と教えてくれた。両親や祖父母はあまり牛肉を食べないという。これには他地域の学生も大きくうなづいていた。日本の農村と同様のタブーがあったのだ。

こう考えてくると、潮汕発の牛肉鍋はどうも改革開放以来のメニューらしい。だとすると「潮汕牛肉火鍋」といっても、地元特産とは言いにくい。亜熱帯地域なので、なぜ鍋料理なのかという疑問も湧く。

考えられるのは、潮汕が東南アジアやオセアニアに多い華僑のふるさとなので、海外から食文化が持ち込まれたのではないか、という推論だ。こちらの方が説得力がある。ニュージーランドでの留学から帰ってきたばかりの学生が、現地には潮州出身者が多く、潮汕料理のレストランでは潮汕方言が飛び交っていた、と議論に加わった。さまざまな意見が飛び交い、みんなでネットまで検索したが、結局、適当な答えは見つからなかった。懸案課題として残った。

それにしても話題が「食」になると、教室が一気ににぎやかになる。だが食を通じて、歴史や地理、言語を身近に感じることができる。文化を考察する上では、重要な切り口なのかも知れない。和食に対する関心も非常に高く、しばしば質問攻めに遭う。

不思議なことがあるものだ。授業が終わると、広告専攻の女子学生二人が訪ねてきた。卒業課題の作品として、写真や絵を中心に、食文化に関する本をデザインしたいので、参考意見を聞かせてほしいとのことだった。二人とも広東省の香港に近い佛山出身だ。食と宗教のかかわりにも関心があるという。すかさず、「『なぜ潮汕に牛肉火鍋が生まれたのか』というタイトルで、食の起源を探る内容にしてはどうか」と提案した。

「食は広東にあり」とはよく言ったものである。


編集部より:この記事は、汕頭大学新聞学院教授・加藤隆則氏(元読売新聞中国総局長)のブログ「独立記者の挑戦 中国でメディアを語る」2017年10月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、加藤氏のブログをご覧ください。