オーストリアの国民議会選挙が先月15日、実施され、31歳のセバスティアン・クルツ党首が率いる中道右派政党「国民党」が第1党となったことは既に報道済みだが、「緑の党」から脱会した同党幹部ペーター・ピルツ氏が結成した新党「リスト・ピルツ」が得票率約4・4%を獲得し、8議席を獲得する一方、ピルツ氏の出身政党「緑の党」が議席獲得に不可欠の得票率4%の壁をクリアできず、3・8%に終わり、31年間維持してきた国民議会の議席を失った。ピルツ氏と「緑の党」の選挙結果は全く好対照だったわけだ。「緑の党」の失墜についてはこのコラム 欄で「『緑の党』はなぜ沈没したか」(2017年10月19日参考)で詳細に報告したばかりだ。
「緑の党」は議会の議席を失うことで、100人以上の党関係職員が失業する一方、500万ユーロの借金が残された。ウルリケ・ルナチェク党筆頭候補者とイングリット・フェリーネ党首は選挙の敗北責任を取って辞任した。
問題はそれで終わらなかった。「緑の党」の悲劇はここにきて急展開してきたのだ。8議席を獲得し、意気揚々だったピルツ党首の「緑の党」時代のセクハラ疑惑がウィ―ン新聞ファルターで報じられたのだ。ピルツ氏が党関係の会議後、酔っ払って女性に性的虐待をしたという。
ピルツ氏自身は4日の記者会見で、「覚えはないが、セクハラ疑惑は深刻な問題だ。2人の目撃者もいる。他者に対してセクハラを厳しく批判してきた者として、その批判は自分にも当てはめなければならない」と説明し、議員を辞任すると表明した。
ピルツ氏に関わるセクハラ疑惑は2件だ。ピルツ氏の説明によると、同氏のセクハラ問題は党内で協議されたことがあったが、内部の調査は簡単に終わり、党関係者はセクハラ問題を外部に公表しないことで一致していたという。その党がなぜ今になってピルツ氏のセクハラ疑惑をメディアにリークしたのか。ピルツ氏は、「自分に対する党関係者の復讐だ」と言い切った。
ピルツ氏が「緑の党」から脱会せず、新党も結成しなかったならば、選挙結果はどうなっていただろうか。少なくとも、「緑の党」の有権者の支持が2分することはなかっただろうし、「緑の党」が4%のハードルの前に完敗することはなかっただろう。そうしたら、議席を獲得できる一方、党関係者が失業するという事態は回避できた。全てはピルツ氏が「緑の党」から脱会し、新党を結成したからだ、というわけだ。ピルツ氏の「党の復讐」説はかなり当たっていると言わざるを得ないだろう。
新たな問題が出てくる。「緑の党」は選挙中になぜピルツ氏の過去問題を暴露しなかったのか。有権者の支持が「緑の党」から新党のピルツ氏に流れていたことは「緑の党」選挙対策関係者ば知っていたはずだ。なぜ選挙前ではなく、選挙後になってピルツ氏のセクハラ疑惑を暴露したのかだ。
「緑の党」は環境保護問題ばかりか、女性の権利向上などを有権者に訴えてきた。女性の権利向上を叫んできた政党が女性の権利を蹂躙するセクハラ疑惑を隠蔽していたことが明らかになれば、党のイメージは完全に崩れる。
当時、党首だったエヴァ・グラヴィシュニク女史はピルツ氏のセクハラ疑惑を知っていたが、それが外部に流れないようにした理由として、「犠牲者の女性をこれ以上傷つけたくなかったからだ」と弁明している。もっともらしいが、詭弁だ。
「緑の党」はセクハラの犠牲者の人権を守るためにピルツ氏のセクハラ疑惑の公表を控えた結果、「緑の党」は選挙に敗北し、巨額の借金まで抱えてしまった。そして全てを失った今になって、「緑の党」はピルツ氏のセクハラ疑惑をメディアにリークしたのだ。
世界最大のキリスト教会、ローマ・カトリック教会では聖職者の未成年者への性的虐待事件が後を絶えない。その度に問題となるのは、聖職者の不祥事を知りながら、それを隠蔽してきたカトリック教会の構造的欠陥だ。残念ながら、同じことが「緑の党」にも言えるわけだ。
ところで、有権者はピルツ氏のセクハラ疑惑を投票後に知った。もし事前に知っていたならば、ピルツ氏の新党は議会進出できなかっただろう。換言すれば、ピルツ氏のセクハラ疑惑問題に「緑の党」が適切に対応していたら、ピルツ氏は議席獲得は出来なかったばかりか、ピルツ氏に今回投票した有権者の批判票が社会民主党やネオスに流れた可能性が考えられるのだ。そうなれば、国民党と社民党の差は縮まり、ひょっとしたら31歳のクルツ国民党の首相誕生劇もなかったかもしれない、等々のさまざまなシナリオが生まれてくる。
オーストリア国営放送の内政担当のハンス・ビュルガー記者は4日夜のニュース番組の中で、「ピルツ議員のセクハラ疑惑を選挙前に公表しなかった『緑の党』は単に党の未来を変えてしまったばかりか、わが国の政界図をも変えてしまったのではないか」と述べていた。
有権者には「リスト・ピルツ」のピルツ党首のセクハラ疑惑を知らされていなかった。「選挙が正しい情報のもとで実施されなかった」として選挙のやり直し要求が飛び出してきても不思議ではない。ちなみに、同国では昨年、郵送投票で不正な開票があったとして、大統領決選投票のやり直しが行われたばかりだ。セクハラ疑惑の隠蔽は、郵便投票の不正開票以上に深刻な問題であることは言うまでもないことだ。
編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年11月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。