ディズニー労災にみる、働きやすさと顧客満足度両立の難しさ

bryansblog/flickrより引用(編集部)

以前、参加した経営研修において、生産性や効率は多少犠牲にしても、サービス業の経営にはCS(顧客満足度)向上が欠かせないと学んだ。しかし、これを盲目的に追及すれば、そこで働く人達のモチベーションを下げることにも繋がりかねず、「全てはCS向上のため」という美名のもと、気がつけば労働基準法違反も平気で強いる“ブラック企業”と化していた・・・という危険性も高まろう。

このCSに対して、少子高齢化で労働力人口の減少が深刻化しつつある昨今では、ES(従業員満足度)の向上という考え方がクローズアップされるようになってきた。しかし、このES向上に積極的に取り組んでいるはずの企業に関して、昨年11月、ちょっと気になるニュースが配信された。というのも、あのディズニーランドだったからだ。

「東京ディズニーランドの着ぐるみで腕に痛み 女性契約社員に労災認定」(産経新聞) 

「ミッキーは1人だけしかいない」という夢の国にあって、「着ぐるみ」という表現自体がイメージを損ねかねないが、報道によれば「キャラクターの着ぐるみを着てパレードなどに出演していた契約社員の女性が、神経や血流障害で腕などに痛みが出る「胸郭出口症候群」と診断され、船橋労働基準監督署から労災認定を受けていた」ということだった。(出典:産経ニュース)

なお、他紙では、女性(20代)が着用していた着ぐるみは総重量10㎏前後であり、「月に20日、拘束時間8時間30分(休憩1時間)の勤務で、1回45分のパレードに1日2回出演。またグリーティング(客との触れ合い)を30分間隔で1日7回行っていた」と詳しく報じている。更に着ぐるみの老舗メーカーの担当者の話として、現在は発泡スチロール製で重量的には1体5㎏前後が主流であると明かし、着ぐるみ自体ではなく労働環境の問題ではないかという指摘も付け加えられている。(出典:東京スポーツ

背景として理解したい“最高”のホスピタリティ

来園者のリピート率が98%にもなるという圧倒的なCSを誇る東京ディズニーリゾート(運営会社:株式会社オリエンタルランド)では、正社員やアルバイトを問わず働く人は皆が“キャスト”と呼ばれている。

※参照:同社サイト「企業風土とES(従業員満足)」

同リゾートはそれ自体がひとつのステージであるという考え方であり、そこを訪れるお客さんはショーに参加する“ゲスト”、それを迎えるスタッフはショーに出演する役者(キャスト)なのだそうだ。キャストは誰もが与えられたポジションで「すべてのゲストにハピネスを提供する」という同リゾートのミッションを遂行すべく、各々の役割を演じている。

私自身は30年前に初めて遊びに行って以降、子供達が小さかった頃に行ったことを含め7~8回は訪れており、その都度、キャスト達のホスピタリティの高さには感嘆してきた。アトラクションでトラブルがあった時も丁寧に対応してくれた。東日本大震災時の対応が各方面からの称賛を浴びたが、これも常日頃からの研鑽の賜物なのだろう。

この東京ディズニーリゾートでは、キャストの80%以上がいわゆる非正規社員という驚きの数字がある。それでも高いCSを維持できるのは、アルバイトがアルバイトを指導するトレーナー制度にあるようで、同社の研修プログラムを数多く開発された福島文二郎氏の著書「9割がバイトでも最高のスタッフに育つディズニーの教え方」に詳しく紹介されている。

では何故、このような環境下にあって、前述の労災認定が行われるような事態が発生してしまったのであろうか?

「安全配慮義務」視点から本件を考える

2008年3月に施行された労働契約法第5条において、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と、使用者の労働者に対する安全配慮義務(健康配慮義務)が初めて明文化された。法律で書かれたからという訳ではなく、経営者としては、働いてくれる者の身体的な安全に配慮することは至極当然のことだろう。

今回、労災を認定されたキャストが他者と比べて、体力的に劣っていたのかは難しい判断かも知れない。しかし、一般的に考えれば、例えば2ℓのペットボトルを4~5本リュックに入れて30分間を歩きまわることを1日7回行うというのは、なかなか大変なことだ。この「大変さ」が経営者サイドに届き難かったということはなかったのだろうか?

前述の通り、新人キャストは同じく非正規のリーダーたるキャストから指導を受ける。そのリーダーは仕事の成果をあげることばかりではなく、後輩の頑張る姿勢を高く評価するそうだ。だが全ての人がその気持ちや考えを上手に表現できるとは限らない。

「ミッションを達成する」という言葉を自らの枷としてしまい、役割を演じられないのは自分の努力が足りないせいだと自身を責める人がいたとて、それに気づけないケースもあるだろう。言葉に出せない全てを慮り、そのケアまでも非正規のキャストに求めるのは酷だ。

パートタイマーのための法改正

2015年4月に改正されたパートタイム労働法において、事業主はパートタイム労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制を整備しなければならないこととなった。具体的には労働条件通知書などに相談部署や担当者名、連絡先などを明記することが必要となった。

万全の体制を整えていると思われる同社において、勿論、これらの整備はしっかりされているであろうが、一番重要なのは相談を行い易い雰囲気をつくりだすことだ。その意味で、2017年4月1日付けで、同社の労働組合「オリエンタルランド・フレンドシップ・ソサエティー(OFS)」に非正規社員が対象となったことは大きな出来事だった。更により良い労使関係の構築が進むことが期待される。

福島氏の著書によると、あるアルバイトの女性キャストが、母親から「ミッキーは何人いるの?」と聞かれた時、「ミッキーは1人に決まっているじゃないの」と答えたという。また、パーク内をキレイにしてくれる清掃のエキスパート(=カストーディアルと呼ぶそうである)は、ゴミ拾いのことを尋ねられた際、「星を集めている」と答えるエピソードは、インターネットに溢れている。いかにキャストがミッションを大切にしているかがわかる逸話である。

男女の分け隔てがない社風や人の喜びを自分の喜びと感じるマインドの醸成、さらにアイディアを提案する制度やキャスト同志がお互いを認め合う制度、勤続年数に応じたアワードピンなど、ユニークな制度の導入により、ES向上に努めているディズニーリゾートの数々の取り組み。

厚労省「職場のあんぜんサイト」安全配慮義務

これらの積み重ねがあるからこそ、非正規キャストの約半数(年間で約1万人ほど)が入れ替わっても、応募者が後を絶たない源泉となっているのだろう。

理想的な労使関係とは

企業理念やミッションについて、ここまで社員やアルバイトに理解・浸透させるのには相当な労力が必要で、数々のエピソードは素晴らしい企業文化を積み重ねている証左であろう。しかし、ともすれば現場がミッション至上主義となり、「やりがいが報酬」などと間違ったメッセージとして受け取る人も出てくる可能性はある。

キャストがキャストを育成する伝統は文化として守りつつ、その上でキャストがオーバーワークに陥らず、働きやすい環境を整えるためには、気軽に相談できる窓口の構築・整備が必要不可欠で、将来のより良い労使関係を継続するためにもますます重要になる。

労働者が何を考えているかを知り、それを解決するために経営者が知恵を絞ることは健全な労使関係であり、出来ることと出来ないことを話し合い、協力体制を整えるのは、その規模を問わず、どんな企業においても普遍的なことだ。

現場において、一方通行ではない双方向コミュニケーションが構築され、そこで解決できないときにはサポート部門に気軽に相談できる・・・。そんな労使間の風通しが良い会社であるならば、命題たるミッション達成を目的とする組織として、しっかりと前進し続けることが出来るはずだ。