京都大学の藤井聡教授と橋下徹大阪市長の罵り合いは当分収まりそうもありませんが、2月19日の産経デジタルに「国公立大学の教員平均給与ランキング 東大上回る大学は2校」と言う記事 が載っていました。
この記事は、「学生のサボリを生み出す元凶は、日本の大学に居座る給料泥棒の教授たちであり、その延命を許す大学の仕組みにある」と言う橘木京都大学名誉教授の指摘を引用しながら:
- 年功賃金が基本の国立大学の給与水準は、トップは政策研究大学院大学の年収960万1000円。その後をお茶の水女子大、東大が僅差で追いトップ20には一橋大学や京大、名大などがランクインしている。
筆者注1:政策研究大学院大学の教授陣の大半は官僚出身者や官庁からの出向者で、総合大学ではなく大学院大学です。
筆者注2:米国の主たる総合研究大学(National Research University)の年収平均は、8万ドル―1ドル120円換算で960万円。 - 大学では終身雇用が罷り通り、これだけの高給を得ながら、学問的な実績がゼロでも犯罪でも起こさない限り職を解かれる可能性がゼロに近い事が問題。
- 学業成績が良い事と、研究者・教育者としての能力は別物だが、日本にはそうした人物をふるいに掛けるシステムがないのに対し、アメリカでは研究能力が不十分と判断されたら職を解かれる『テニュア・トラック制度』が確立されており、同分野の研究の先達が『成果にたどり着く能力があるか』を厳しくチェックしている。
筆者注3:最近は米国のテニュアー制度も政治色が強まり、改革の必要に迫られていますが、米国では大学にも市場原理による競争が及び、大学間の移動が比較的自由に行なわれている事が日本との違いです。 - 日本の大学は海外に比べて、自校出身者を優遇する『純血主義』が強く、伝統校ほど大学間の流動性が低い事が災いし、互いを厳しく評価する姿勢がない。
筆者注4:米国では教授や大学院生が自校の学部出身者が2割を超えると、大学のレベルや学生の評判が落ちたのではないかと心配する程で、「東大一直線」的大学は、地方大学(Regional College)に限られています。
と現在の大学制度を批判し、国立大学の改革には「都構想」と同様に、「統治機構」そのものにメスを入れ価値観を変更する必要がある事を強調した小記事でした。
間口の広さより専門性を重視する欧米の大学では、専門分野毎に実力や実績レベルをチェックして身分を決める為、藤井教授の様に毎年の様に専攻科目を変えて「学内転職?」を繰り返す「雑学教授」を見つける事は難かしい事は確かです。
その藤井教授は、「大阪都構想の問題を皆さんと共に考える事が目的」だとして「『大阪都構想』を考える~権力による言論封殺には屈しません~」と言うタイトルのHPを持っています。
「『都構想』について学者としての見解を発信」したり「真っ当な議論の在り方」の提案をすると言うこのHPは、藤井教授自らが主演する「『都構想』で大阪はダメになる」と言う挑戦的なサブタイトルで始まる動画の次に、何故か、イエロー・ジャーナリストの三橋貴明氏の「『新』日本経済新聞」と言う、有名経済紙の「コピーブランド」の様なブログに引き継がれます。
そこには、「大阪都構想」:
- 知っていてほしい7つの事実。
- 大阪市民に,自分たちの市を解体して5つに分割してもよいですか?」を問う投票
- 公権力者の「詭弁」がもたらす「言論封殺」
- 2200億円の『流用』問題についての「反論」を募集します
- 公権力者による言論封じを許してはいけません
等々「学者としての見解発信」や「真っ当な議論の在り方」とは縁もゆかりもない、大売出しのビラに出て来そうな「結論の羅列」が押しつけがましく並びます。
(馬鹿らしいので、此処では内容は繰り返しませんが、ご興味とお暇のある方はhttp://satoshi-fujii.com/_をクリックして下さい。)
この「モグラ叩き」の様なあら捜しが「学者としての見解」だとしたら、橘木京大名誉教授の指摘する「日本の大学に居座る実績も実力も無い給料泥棒教授」の一人が藤井教授だ、とされても納得です。
そもそも、「地方交付金依存症」に陥った大阪の経済的な行き詰まりは、統治機構の抜本改革や価値観の変更をしてでも改革しないと、市民の安全や平和が脅かされる事は火を見るより明らかだと心配した橋下氏が、大阪の未来を切り開く手段として提唱してブームを起こしてのが、「都構想」と維新の会でした。
皮肉な事に、地方交付税が機能すればする程、地方自治体の「国頼み」が強くなり益々「自立意欲」をなくした結果、霞ヶ関による中央集権は「完成」して仕舞ったのが現状ですが、慢性的財政赤字に悩む政府が、「地方交付税」を永遠に継続出来る筈もありません。
従い、「都構想」の大きな狙いが財政の自立にあり、財政自立に必要であれば大阪府・市の統合も辞さない事は誰にでも明らかですが、「視野狭窄症」に深く犯されてこの構想全体を俯瞰できない藤井・三橋両氏の目には、「地域間の税収のやりとりの損得勘定」に映り、その誤解をベースに「虚報」を流布し続ける事は防がなければなりません。
政府が熱を入れる「地方創生」 の成果も、「都構想」の狙う「統治機構改革」を断行して地方に大幅な租税権を譲渡した上で、減税を含む各地方の特徴に相応しい税制を構築する事で,起業活動を活性化させたり、出来るだけ多くの企業本社を誘致する事で税収を増やす、米国を含む先進国家型税制に転換出来るか否かにかかっています。
従い、都構想を巡る住民投票で必要なのは、大阪の将来を見据えたより良い「構想」と、そのあり方を巡っての論議であって、朴大統領の反日政策を真似た「反橋下」一辺倒では、何の進歩も期待できません。
「学者」を名乗るのであれば、「都構想」を「都抗争」と読み間違えて町のチンピラの様に「都構想」に細かな事にいちゃもんをつける代りに、「現状維持支持」をはっきり打ち出すか、「都構想」より優れた対案を出すのが最低の責務です。
残念ながら、現状では対案と言える「藤井構想」は見えて来ません。
対案が出て来ない真因が「嘘を頻繁に繰り返せば、人々は最後にはその嘘を信じるだろう。」と豪語したナチス政権のゲッペルス宣伝相の言葉に従ったのであれば、藤井氏のちょび髭姿と重なり、藤井教授を『ナチス』と口走った橋下市長の失言も理解出来ると言えば言い過ぎでしょうか?
又、藤井氏のブログ共同作業者と思われるイエロージャーナリストの三橋貴明氏は「ある政治団体からは『間違った情報』だと抗議する文書もいただきました。しかしもちろん,当方の記事は,間違ってなどいません。』と宣言していますが、そんな宣言をする暇があるなら、誰もが納得出来る説明をして主張の正しさを証明すれば足りる事です。
若し、自分の主張の正しさを説明が出来ないのであれば、「京大教授」とか「評論家」の肩書きを外して「教祖様のご託宣だ」と宣言した方が遙かにすっきりします。
参考記事:
「教授」が知識人の、「ちょび髭」が大人の証明にはならない
https://agora-web.jp/archives/1634484.html
2015年3月23日
北村 隆司