強まる米国との「戦略的互恵関係」 --- 井本 省吾

戦略的互恵関係」は、第一次安倍政権時代に安倍首相が中国の胡錦濤国家主席との会談で主張し、合意に達した外交用語だ。「双方の違い」を認め合い、その上でお互い共通利益を追求しようという考えが基本にある。


だが、別に対中国に限らない、外交とはもともと少しでも自国に有利になるよう虚虚実実の駆け引きを繰り返す行為であり、その中からギリギリの妥協点を探り、お互いの共通利益を追求する活動にほかならない。

以前、このブログで取り上げたように、国家同士に友情はない。あるのは国益の追求とそれに基づく双方の合意のみであり、冷静で乾いた関係である。

その点で見ると、現在の日本と米国は共通利益が拡大し、相互の協力を深める必要が高まっている時期にあると見られる。

国際情勢は今、中東、ウクライナ、そして東アジアで不穏な動きが拡大しているが、米国は軍事予算を削減し、国民の意識は内向きになりつつある。もはや米国には「世界の警察官」として一国でそれらを解決する意思も力も失せつつある。

だから、政治、経済体制の良く似た民主国家と連携し、一緒に国際秩序を守って行きたいと考えている。中国や北朝鮮との緊張が高まる中で、アジアで最大の味方と言えば、日本をおいてほかにない。

もちろん米国は韓国も大事だと考えており、日韓関係は良好であってほしい。だから、国務省などを中心に日本は「慰安婦問題」で日本に謝罪を要求し続ける韓国の要求を聞き、関係を改善すべきだと、事あるごとに日本に圧力をかけてきた。

しかし、韓国の反日発言は歴史的事実に基づかない誇張と捏造が含まれていることに、最近気付きだした。また、日本は過去、何度も謝罪してきたことも理解し始めた。

それなのに、しつこく反日行動をとる一方、中国になびきつつある様子に、韓国はおかしいと思い出した。駐韓米大使襲撃事件以降、それは決定的になり、韓国と距離を置きだしている。

その分、日本との関係を大事にし出した。安倍首相が米議会で日米関係の重要性を再確認する演説をしたことなどが、これに拍車をかけた。

第2次安倍政権誕生時のオバマ政権の冷たい態度と比べると、わずか2年余で様変わりの感がある。

当時は安倍首相が訪米しても短時間の応対しかせず、晩餐会などなかった。昨年4月のオバマ大統領の来日もしぶしぶという感じで、ミシェル夫人も同伴せず、慣例となっている迎賓館にも宿泊しなかった。

当時のオバマ政権は中国や韓国の方を重視していた感がある。しかし、その後の中国の、東シナ海、南シナ海でのあからさまな浸出、それについていく韓国の事大主義に中韓との関係が冷却化した。そしてロシアのウクライナ問題などもあって、日本への接近を強めたわけだ。

時代の風が日米同盟を強めたのであり、安倍政権は運がいいとも言える。
だが、それだけ米国が日本への要求を強めているとも言えるわけで、集団的自衛権、TPPなどでかなりの負担、責任を求められることは確実である。

リベラル系の平和論者はそれを、日本が米国に従属する形で危険な道に入ることだとして批判しよう。「米国の戦争に巻き込まれる」「日本の富を奪われる」といった昔からの属国論である。

だが、米国との関係がより対等になる中で、日本の安全保障を維持しながら、日本の相対的独立の道が開かれる機会だと、前向きに捉えることもできよう。安倍首相に言わせれば、「戦後レジームからの脱却」である。

むろん対米関係の緊密化に喜んでいるとすれば甘いだろう。わずか2年で米国の態度が様変わりになったように、また何かのきっかけで日米関係が冷却化することは十分にありうる。中国や韓国はそうなるように、様々なくさびを打ち込んで来るに違いない。

国家関係に「友情の演出」はあっても(安部首相の米議会での演説はその典型だ)、友情はないのである。利害関係の調整による摩擦緩和と、共通利益--戦略的互恵関係の追求があるのみである。

だから、冷却化したら(しそうになったら)、それを改善するように努力するだけの話だ。言うまでもなく日本にとって、米国との関係が特に大事だから。米国にとっても日本が大事だと思わせるだけの体制を築くことが肝要である。

安倍首相は戦後の日本の宰相の中で、そのことを熟知している数少ないリーダーではないだろうか。


編集部より:この記事は井本省吾氏のブログ「鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌」2015年5月9日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった井本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌をご覧ください。