「おねがい ゆるして」と綴った、結愛ちゃん虐待死事件。
結愛ちゃんを救えた最後のチャンスは、今年の2月、品川児相が家庭訪問した時でした。
その際に母親は児相との面会を拒否。
この時点で、品川児相が警察とともに家庭に入っていくことができれば、この1ヶ月後に結愛ちゃんは亡くならずに済んだ可能性が高かったです。
現場で懸命に頑張る児相職員の方々を叩いても、問題は一切解決しません。また、「悲しいからニュースを見ないようにする」と思考停止しても、次の結愛ちゃんが出てくるだけです。
我々が考えるべきは、子どもの危機を見逃す「構造」です。
虐待の約6%しか児相は警察に情報共有していない
例えば家の外で、歩いている子どもを僕がボコボコに殴ったとします。その瞬間に警察を呼ばれ、僕は逮捕されると思います。
一方で、家の中で子どもをボコボコに殴ると、それが誰かに知られたら、児童相談所に通報(通告と言います)され、児相が家庭訪問等して、僕の子育ての悩みを聞いたり、あるいは僕から引き離して一時保護をしたりします。
児童虐待は犯罪ですが、なぜか警察ではなく児相マターとなっています。これは、児童虐待が以前は「しつけ」や「体罰」と言うことで、子育ての一環として(それゆえ即犯罪とは見なせないと)考えられていた名残であると思われます。
それでも、児相→警察で犯罪である児童虐待の情報を共有し、何かあれば警察も動いてくれる、と言う状況だったら良いかと思います。
しかし、約3分の1の児童相談所は、警察との虐待情報の共有の基準すらありません。
警察への虐待情報提供に基準なし 児童相談所設置の32自治体(東京新聞)
今回、結愛ちゃんのケースの管轄の東京都児童相談所では、警察(警視庁)と共有しているケースは、たった6.2%(*)しかありません。
* 筆者が児童相談所統計から抽出したデータから虐待対応件数は2016年度で1万2494件(2017年 東京都児童相談所事業概要 P40)で、協定によって警察と共有する事案である新規一時保護入所件数が平成29年度で482人です。(下記の東京都福祉保健局少子社会対策部家庭支援課からの資料と口頭説明による)
1万2494件のうち、警察からの通告があった4,713ケースは既に警察が知っているので除くと、残りは7,781件。
そうすると、 482人 / 7,781件 = 0.0619 = 6.2% となります。
警察と共有しないことで起こる悲劇
今回の結愛ちゃんのケースも警察との連携で救えた可能性が高いですが、他にも類似のケースは数多あります。
例えば2014年の葛飾区の2歳の坂本愛羅ちゃんは、父親に踏み殺されました。40ヶ所以上のアザがありました。
彼女も亡くなる5日前に、最後のチャンスがありました。引用します。
「マンション近くの住民から「子どもの泣き叫ぶ声がする」と110番があり、駆け付けた署員が坂本容疑者と母親に事情を聴いたが、2人は「夫婦げんかで子どもが泣き出した」と説明。署員は愛羅ちゃんの姿も確認したが洋服を着た状態では目立ったあざは見られなかったため、虐待があるとは判断しなかったという」(2014年1月31日毎日新聞)
なぜ警察が「夫婦喧嘩」と言う話を信じて帰ったかと言うと、東京都児相から虐待情報を共有されていなかったからです。
児相が把握していた、愛羅ちゃんの家庭がリスクの高い家庭だということが警察に共有されていたら、「夫婦喧嘩」というありがちな嘘をスルーすることはなかったのではないかと思います。
このように、実際に情報連携不足によって、子ども達は亡くなっています。
マンパワー不足なら、なぜ連携しない
東京都児童相談所の数は11。職員数は、2017年現在で880人です。(16年度は827人)
(出典:東京都児童相談所 )
一方で、東京都の虐待の新規受付相談件数を見ていきましょう。
2016年度で2万6,933ケースです。
現場職員1人あたりのケース数は118.6ケース。
欧米のケースの目安が1人あたり20ケース程度なので、少なく見ても5〜6倍抱えていることになります。圧倒的なマンパワー不足です。
では5倍の職員をつけられるのでしょうか?
東京都も頑張って、15年度から16年度の職員数を12%程度増やしていますが、これまでの増員規模だと「焼け石に水」感は否めません。
また、急激に人だけ増やしても育成ができなければ、結局はパフォーマンスを発揮することは難しくなります。
だとしたら、外部資源を使うべきではないでしょうか?
警視庁は児相の100倍以上の規模でキャパもある
東京都の警察署は102カ所。警察官は43,566人。
(出典:警視庁サイト「組織について」)
警察官は児相の現場職の192倍ほどいます。
一方で犯罪数はというと…
グラフの縦軸が等間隔ではないので分かりづらいですが、この20年で半減しているんです。
ということは、警視庁には、児童虐待にコミットできるキャパが生まれている、ということになります。
これまでは児童相談所で専ら抱えがちだったケースを、警察とも共有し、警察のリソースも活用していくことで、「知らないことによる虐待死」を防げますし、マンパワー不足も解決していくことができるでしょう。
全件共有の実績は既にある
児童虐待ケースの全件共有に踏み切った県はすでにあります。愛知県、高知県、茨城県です。
東京新聞(5月21日)から引用します。
「茨城県は1〜3月、230件近くの情報を県警に伝えた。県の担当者は「警察官と面接することなどで、保護者を指導しやすくなった」とメリットを感じている」ということでした。
一方、警察官も児童福祉には詳しくないので、連携のための研修をしっかりと行うことは重要でしょう。また、福祉職員と警察職員は価値観もバックグラウンドも全く違うので、信頼関係構築のための話し合いも大切でしょう。
また、警察とのケース共有が簡易にできるように、ITシステムも整備してあげなくてはいけません。このままだとFAXで一件一件やりとりしかねません。
国も都も、今が決断すべき時
国においても、今回の結愛ちゃん事件を経て、議論が始まっているようです。
本件に関しては、厚労省が一本「警察とケースを全件共有すべし」と通知を出すことは、児相の背中を大きく押すでしょう。
また、今回の当事者である東京都では、以下のように「虐待情報の共有範囲を広げる」とやや中途半端なことをいっています。
しかし、6%を10%にしてもダメなのは明白です。
抜本的に「児相だけで抱え込まない。全件共有によって、警察(警視庁)の力も借り、全東京都の力を結集し総力戦で児童虐待と闘っていく」という宣言が必要なのではないでしょうか。
それには皆さんの力が必要です。
悲しむだけでなく、悲しんで耳を塞いでしまうのではなく、一ミリでも制度を良くさせていくことこそ、我々がすべきことではないでしょうか?
編集部より:この記事は、認定NPO法人フローレンス代表理事、駒崎弘樹氏のブログ 2018年6月11日の投稿を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は駒崎弘樹BLOGをご覧ください。