プロキュアメント時に感じる大きなストレスの一つに、言葉が全く通じないというのがあります。自分の施設ではある程度僕の発音や間違いに慣れてくれているので、何を欲しているのかなんとなく察してくれるのですが、他施設にいくと自分がいかに適当な発音でやっているのかを思い知らされます。手術室の看護師に必要なモノの名前を言っても、1回で分かってもらえることの方が少ないです。だいたい他のチームの外科医(いい人)が翻訳、というか、同じ単語を僕には全く同じように聞こえるように言い直してくれます。
何度かプロキュアメントに行って分かったことは、プロキュアメントを専門にやっている外科医(そういう職業もあるみたいなんです)は変わり者が多い印象があります。もちろんいい人もいるのですが、なんかワーワー騒いでいたり、勝手に心臓の方にまで口出しをしてきたりする人なんかがいて、そういう時はめちゃくちゃストレスフルなのです。この前、心臓を止めた後に氷をかけようとしたら(臓器保護のため冷やすのが大事なのです)、「これはうちの氷だ、使っちゃダメ」と意地悪されました。意地悪な小学生でもここまでの意地悪はしないな、と悲しい気持ちになりました。
しょうがないので「アイスくれ〜」と叫ぶのですが、看護師は「ん?なんて?」と僕のたった3文字の単語すら聞き取ってくれません。これは毎回思うのですが、僕が仮に「ハニワくれ〜」と言ったとしても状況から判断したら「ん?アイスのこと、ほれ」と渡してくれるのではないかと思うのですが、まぁ、これに関しては僕の英語力の問題が大きいのであまり強気には言えませんね。
ここまでの話を聞くと、「プロキュアメントって苦行の連続なんだな」と思われるかもしれません。しかしながら、そんなプロキュアメントにもいいことがあるのです。
先ほど述べたようにプロキュアメントの全行程は時間がかかるため、移動中などにご飯を食べます。移植には必ず移植コーディネーターが同行するのですが、コーディネーターによってはそのご飯をいかに充実させるかに命を注いでいる人もいます。まぁだいたいうまくはないのですが、個人的にハンバーガーは好きですね。ただ、こっちの人はピザが非常に好きみたいで、ピザを頼むとすぐ「いえーい」みたいになります。おっさん移植コーディネーターのオジーはピザが食べたいばかりに、「ヒロ、ピザ食べたいよな、な、な」と半ば強制的にピザを注文する流れに世論を傾けます。
もちろん、ピザーラで頼んだものとは比べものにならないほどパサパサしたまっずいピザが届くのですが、みんなモリモリ食べています。慣れって怖いですが、今となっては僕もそのピザをモリモリ食べています。でも決して「うーん、美味しい!」とは思いませんが。日本でプロキュアメントに同行したことがないので詳細は分かりませんが、牛丼とか出たら最高なんじゃないかと思います。
もう一つ、プロキュアメントのいい点はお金ですね。アテンディング(スタッフ外科医)の場合、1回当たりのプロキュアメントで2500ドル、日本円で約30万円が支給されているみたいです。だいたい1回のプロキュアメントが移動などを含め5時間か10時間くらいかかるので、時給3万円から6万円。うん、いいですね。ただ、なぜかは分かりませんが、同じことをしていてもフェローの僕にはそのお金は支給されません。日本で研修医として働いていた時に時間外が出なかったのに似ています。当時同期のやつが時間外が出ないなんておかしい、とプンプンしていたのがようやく理解できる歳に僕もなりました。とにかく、アテンディングとトレイニーであるフェローとの大きな壁を感じた事象でした。
いつのまにかプロキュアメントの話がアテンディングとフェローの話になっていました。まとめです。僕が思う米国心臓外科医的なプロキュアメントとは
- 移動に時間がかかる
- 色々と待つ時間がある
- 移動中にご飯食べる
みたいな感じです。
追伸
前にラザというシカゴ大学の心臓外科1年生レジデントが、呼んでもないのに意気揚々とプロキュアメントの集合場所に乗り込んで来たことがありました。夜中だったのですが、彼は「プロキュアメントの執刀ができる、できる」とワクワクして現れたのです。その日は僕が初めて一人でプロキュアメントに行く時であったため「ラザができるのは分かるけど(実際は知らない)、責任とかあるし今回は僕がやるよ」と言ったところ、明らかに落胆した表情を浮かべ「執刀ができないのだとしたら俺は行く意味あるのか?」というびっくり質問を投げかけてきたので「うーん、ないかな」と言ったらプリプリして帰っていってしまいました。
やらせてあげられないのは申し訳ないな、とは思いましたが、本当に帰るとは思いませんでした。学校の先生が怒って「もう、教室から出てけ」と言ったら「分かりました」と言って本当に出て行ってしまった時みたいな感じです。「あれ、本当に出ていっちゃった?おーい」。いずれにしろ、日本では考えられない状況だな、と改めて違いを感じましたし、日本では僕みたいな中途半端なやつが心臓を取りに行くこと自体あり得ないのかも、と思いました。
編集部より:この記事は、シカゴ大学心臓胸部外科医・北原大翔氏の医療情報サイト『m3.com』での連載コラム 2018年6月16日の記事を転載させていただきました。転載を快諾いただいた北原氏、m3.com編集部に感謝いたします。