社会ダーウィニズムとはダーウィンの進化論から導かれた適者生存という概念を社会にも適用することで、白人は優秀という人種差別論や優生学の論拠とされきた歴史があります。経済学者の佐和隆光氏は6月10日の日経夕刊に同名の題のコラムを書いています。以下、要約します。
『70年代前半、米国経済学会を震撼させたラディカル経済学派の泰斗サムエル・ボールズは「高いIQは経済的成功をもたらし」「IQは遺伝的に決まる」とする社会ダーウィニズムの仮説を統計的に反証してみせた。「貧乏な家庭の子弟は十分な教育を受けられないから貧乏に、裕福な家庭の子弟は十分な教育を受けられるから高収入を得やすい。だから、貧困撲滅を最優先すべきだ」とボールズは言う。
日本を人材立国にしようとするのなら、親の貧富と子供の受ける教育との因果の連鎖を断ち切るべきだ。大学院まで授業料をタダにする、出身地域、国公私立の高校別に入学枠を設けるのもいい。「学歴と所得の相関」の背後にある、親の貧富の格差を看過する論者には過去の遺物と化した社会ダーウィニズムの片棒を担いでいる愚かさを自覚してほしい』
所得の世代間移転を憂慮した話ですが、この背景にあるのは、有名大学に進学し高所得を得るのは能力よりも教育によるという考え方です。親が豊かだと十分な教育を受けられ、将来の高収入につながるということはうなづけます。しかしことはそれほど単純ではないと思います。
橘木俊詔・松浦司 共著「学歴格差の経済学」はこの問題を取上げています。教育を通じた格差の世代間移転というテーマで、親の豊かさが子供の教育・学歴を通じて子供の収入に影響する場合、子供の能力が直接収入に影響する場合、に分けて調べています。
親の豊かさは子供が15歳のときの主観的豊かさを5段階にわけています。難しいのは子供の能力を測ることですが、ここでは小学校5~6年頃の算数の好き嫌いを5段階で用いています。
結果、豊かな環境で育った子供ほど将来高収入を得る傾向と共に、算数が好きな子供ほど将来の高収入を得る傾向も見られたとされています。サンプル数約4000のアンケートによる調査であり、能力を算数の好感度で代理するなど異論もあるでしょうが、結果は常識とも符合します。
これに対して佐和氏が引用するボールズの反証は遺伝と経済的成功の関係を否定するものであり、親の豊かさ(よい教育環境)と子供の能力の双方が影響するという上記の調査結果とは異なります。ボールズの説は遺伝の影響を否定しているようであり、ちょっと納得できません。またボールズという一般にはあまり知られていない人物の権威を強調していますが、そこには権威者の言うことだから信じろという姿勢を感じます。
人は遺伝的な影響を強く受けるのか、あるいは環境の影響を強く受けるのかという問題は古くから存在します。遺伝の影響が重視された時代もあり、逆に環境が重視された時代もありました。しかしどちらか一方に偏るのは誤りで、「人間の性質には、遺伝という内的要因が大きく作用しているが、環境という外的要因がその具体化の仕方を左右する」という日高敏隆氏の見解などが妥当ではないかと思います。
話を戻しますが、佐和氏の主張は遺伝の影響に否定的であり、環境への偏りが感じられます。教育問題に遺伝の要素(能力差)を重視すると教育の可能性が小さくなるので、排除したい気持ちはわかりますが、実態を正確に認識しないと、対策を誤る危険があります。
「親の貧富と子供の受ける教育との因果の連鎖を断ち切る」ことには賛同しますが、授業料をタダにするなどでそれが実現できたとしても、階層の世代間移転の原因となる一部の要素を解消するだけです。子供の能力、親の資産、社会的地位、人脈などが子供の所得に影響するのであって、格差の世代間移転は決して単純な問題ではないと思われます。
コメント
おっしゃるとおり教育の問題は非常に複雑でしょう。
内的要因、外的要因と分けた上でも恐らく足りない。人の才能は多様に発達するもので、現在のような硬直的且つ多様性に欠ける社会の下では一部の才能にしか発達の道も活躍の道も開かれていない。
過去を振り返れば、今の社会の職業はずっと多様になった。一例を挙げれば、戦後の日本で野球とプロレスがテレビの聴衆を独占していた時代からすれば、プロスポーツの間口は広がり、サッカーなどは若者の熱烈な支持を集めている。チャンネルが増えれば(ネットも含め)スポーツに限らず、これからはもっと幅広い活躍の環境が形成されるかもしれない。
(下に続く)
恐らく教育については教育費の問題というお金で解決できるものでなく、教育というものの発想そのものを変えていく必要があるでしょう。
経済停滞とも関わる議論を含んでいると思います。子供には社会での規律を学ばせる環境を提供するとともに、上から一方的に押しつけられるのではない自主的に自ら必要な教育を選べとれ、各自の才能を伸ばすことのできる競争的な教育環境を整備してあげることが望ましいと考えています。常識とは大いにずれるかもしれませんが、最近の競争を否定する公立学校の教育は人の発達を多いに阻害し、固定的な価値観を押しつけ、子供達の未知なる可能性を否定しているように思えます。
個性を否定する傾向にある従来の日本の公教育の現場をみると、いったい誰のための教育なのか教育現場の人間は振り返ることもできてないのではないでしょうか。
社会的な成功にはIQよりも好奇心や向上心といった特性が関わって来ると思います。そして好奇心や向上心にも遺伝子が関わって来るでしょう。ただどこまでが親などのミームの影響で、どこからが遺伝子の影響なのか判断するのは難しいでしょうね。
私も岡田氏と同じく「貧乏な家庭の子弟は十分な教育を受けられないから貧乏に、裕福な家庭の子弟は十分な教育を受けられるから高収入を得やすい。だから、貧困撲滅を最優先すべきだ」という主張には疑いを持っています。貧乏でも図書館などで勉強しようと思えばいくらでも可能です。それよりも親から引き継いだ遺伝子・ミームによる生活習慣の方が影響が大きいでしょう。金があっても勉強しない人は勉強しないし、貧乏でも好奇心向上心が強い人は何らかの方法で勉強するものです。
>貧乏な家庭の子弟は十分な教育を受けられないから貧乏
私は、自分と自分の息子の2世代の比較をしてみると、子弟の成績(大学進学率)の差は、貧困よりも母親の教育への熱意の問題であり、これは母親(できれば両親共)への教育によって改善できると考えます。
つまり、子供の成績は家庭の経済や遺伝ではなく、親が積極的に子供の勉強に介入し、勉強時間を確保し、それを毎日欠かさず継続させる事で改善できるという事を、政府がすべての母親へ教育するのです。
これはあまりお金もかからないし、大きな社会改革も不要で、即効性も高く、効果測定も容易ではないかと思われます。
上記を行った結果、多くの貧困家庭の親から、進学の為の学費免除の要望があれば、その時点で検討すれば良いのではないでしょうか。
とりあえず、教育の格差が減らせるなら、教育費無料化も悪くないのではないでしょうか。(財源があればですが)
ただし、大学や大学院が無料になったところで、人材の質が上がるかと言えば、微妙だと思います。
なぜなら、大学や大学院で受けた教育を、社会に出てから生かせる人がほとんどいないと思うからです。
そもそも中学や高校の教育さえ生かすことの無い人が多いのでは?
それなら、より若いうちに社会に出てしまい、役に立つ経験を積んだほうが有益かもしれません。
人材立国を目指すなら、教育の中身そのもの、公立学校と塾とで、二度手間の教育を受けなければならないほど低品質の教育をどうにかすることの方が先決だと思います。
たとえば、公立学校を廃止して、私立学校に無料で通える程度の補助金を出すようにするなどです。
佐和隆光氏
>日本を人材立国にしようとするのなら、親の貧富と子供の受ける教育との因果の連鎖を断ち切るべきだ。
>(何故ならば)「貧乏な家庭の子弟は十分な教育を受けられないから貧乏に、裕福な家庭の子弟は十分な教育を受けられるから高収入を得やすい。だから、貧困撲滅を最優先すべきだ」
http://lohas.tenkomori.tv/e28847.html
平成19年度全国学力・学習状況調査の結果について
http://www.nier.go.jp/homepage/kyoutsuu/tyousakekka/tyousakekka.htm
◆全国学力テストの都道府県別の順位
1位 秋田県 77.2点
2位 福井県 77.1点
3位 富山県 76.0点
… …
44位 北海道 68.7点
45位 大阪府 68.4点
46位 高知県 67.4点
47位 沖縄県 62.9点
http://www.tuins.ac.jp/~ham/tymhnt/seikatu/fukushi/jiritsu/sekthog/sekthog.html
で生活保護率をみると、
1位 大阪府
2位 北海道
3位 高知県
… …
46位 福井県
47位 富山県
となっており子供たちの成績と生活保護率は関連しているように見えます。
それで佐和氏は
>大学院まで授業料をタダにする、出身地域、国公私立の高校別に入学枠を設けるのもいい。「学歴と所得の相関」の背後にある、親の貧富の格差を看過する(するべきではない。)
と述べています。
経済的な補助や何らかの階層分けをして子供たちの教育を振興することは、「日本を人材立国にする」上で有効な手立てなのでしょうか?それとも他にも方法があるのでしょうか?
「供たちの成績と生活保護率は関連しているように見えます。」
相関関係があるのは確かだと思います。しかし、因果関係かどうかは判りませんね。むしろ「貧乏」は原因ではなく「好奇心・向上心がない」ことの結果なのではないかと思います。もちろん貧乏でも学力が高い人たちはいますが、それは知識欲な旺盛でも金銭には無頓着な結果と考えることが出来ます。そういう人たちは貧乏でもいい成績を取るでしょう。
まぁ、「好奇心・向上心がない」ことが遺伝子の結果なのかミームの結果なのかを判断するのは難しいと思いますが。
ちなみに、向上心に関しては判りませんが、好奇心に関しては強い関連があると考えられているD4DRという遺伝子があります。
http://www.blwisdom.com/blog/shikano/archives/2006/10/post_74.html
早い話が、教育問題や少子化問題への対処への第一歩は政府がまず金を出して形を整えよということ。遺伝か環境のどちらがどれくらいの割合かなんてことに今なんの意味があるのか。
「遺伝か環境のどちらがどれくらいの割合かなんてことに今なんの意味があるのか。 」
親の生活習慣などの教育環境に問題があった場合、問題を解決せず金だけ注ぎ込んでも無駄銭になる可能性があるということです。それは金のロスであると共に、時間のロスでもあります。その場合は親の教育も必要になります。無駄銭にしないためには、教育に関する扶助を受ける場合は親も児童心理学等の講習を受けることを義務付けるなどの対策を同時に打つ必要があるでしょう。
カネを出し惜しんで、母親や先生を攻撃する。利権にだけは貪欲な文部官僚と文教族。
http://lohas.tenkomori.tv/e53194.htmlによれば…
『
平成20年全国学力テスト結果 1位秋田 下位沖縄 大分 大阪
昨年に続き2回目の全国一斉学力テストが実施され、その結果が8月29日に発表されました。
>全国学力テスト:「連覇」秋田は生活重視 低所得響く「低迷」高知 毎日新聞 2008年8月30日 東京朝刊
>秋田はトップ、大阪と高知はまたも低迷……。文部科学省が29日公表した全国学力テストで、成績上位県と下位県の顔ぶれは昨年とほぼ同じだった
>全国一斉学力テスト “格差”固定化も 底上げへ自治体模索http://headlines.ya……
>「自信が深まった」「いい気はしない」…。全国約230万人の小6と中3が参加し、復活後2回目となる全国学力テスト(学力・学習状況調査)。都道府県別の成績では秋田、福井、富山といった上位3県や沖縄、高知、北海道、大阪の下位4道府県の顔ぶれが昨年度と変わらず、学力格差が一部で固定している状況をうかがわせた
』
>親の生活習慣などの教育環境に問題があった場合、問題を解決(するためには)親の教育も必要になります。
>無駄銭にしないためには、教育に関する扶助を受ける場合は親も児童心理学等の講習を受けることを義務付けるなどの対策を同時に打つ必要があるでしょう
平成19年、20年の全国学力テストの結果を見ると地域により学力の偏りがあることが理解できるでしょう。
これは「遺伝という内的要因が大きく作用して(ある地域に学力が高くなる遺伝因子を保持する人々が集まって)いる(のか)、環境(地域において親の生活習慣などの教育環境の優劣)という外的要因が子供たちの(学力の)具体化の仕方を左右する」ことを表しているのでしょうか?
ナカナカ興味が尽きません… …
教育現場に携わった人間として実感したことは、お小遣い等の金銭管理と学力が直結しているということです。
具体的には、小遣いが少なくないが多すぎない子は、学力が高く自主性もある。しかし小遣いが多すぎたり少なすぎる子は、学力も自主性も低い。
また、お使いに行かせたとき、レシート、お釣り、お駄賃、代金紛失時の責任を厳密に管理されている子は、学力が高く自主性もある。
共通点は、ある枠の中での権利と義務を認識させているということでしょう。
また、大人の考え方、体裁、お金の有効利用法を事細かく親が子に話すことも、影響しているように感じます。
dokodooor
>子供には社会での規律を学ばせる環境を提供するとともに、上から一方的に押しつけられるのではない自主的に自ら必要な教育を選べとれ、各自の才能を伸ばすことのできる競争的な教育環境を整備してあげることが望ましい
tsuyu34957tsuyu
>(学力が高く自主性もある子供は)ある枠の中での権利と義務を認識しているということでしょう。
>(学力が高く自主性もある子供に育てるためには)大人の考え方、体裁、お金の有効利用法を事細かく親が子に話すことも、影響し…ます。
子供たちの”基礎体力”が私たち(30年前?)に比べて落ちている、ように見える今日、私たちは自分の子供をどのように育ててゆけばよいのだろうか?
興味深いお話、ありがとうございます。
本文中に、
『橘木俊詔・松浦司 共著「学歴社会の経済学」』
とありますが、
勁草書房『「学歴格差の経済学」』の誤植ですか?
この記事がいったい何を主張しようとしているのか、
とてもわかりにくく感じました。
最後に
「子供の能力、親の資産、社会的地位、人脈などが子供の所得に影響するのであって、格差の世代間移転は決して単純な問題ではないと思われます。」
とありますが、このような自明のことをわざわざ取り上げてどうするのですか?
人間の発達において遺伝要因と環境要因の両者が複雑に関連していることは、
元々は心理学の分野でSternが輻輳説として、またJensenが相互作用説として論じてきたことです。
岡田氏が「日高敏隆氏の見解」として挙げているものは
「一般にはあまり知られていない人物の権威を強調していますが、そこには権威者の言うことだから信じろという姿勢」
ではないのですか?
物事を論じるならば、論説の由来を遡るぐらいはしてもよいのではないでしょうか。
そして、子供の所得に社会ダーウィニズム的な遺伝要因、
すなわち「親の資産、社会的地位、人脈など」が影響するとしても、
そうした要因が操作しがたいものだからこそ、
子どもの教育や、親の教育という環境面の調整を行うのではないでしょうか。
>>dice_geist様
このエントリーは「経済学者の佐和隆光氏」の書いたコラムへの反論だと思えば理解出来ると思います。
「このような自明のことをわざわざ取り上げてどうするのですか?」
その通りです。自明なことです。しかし昨今の格差社会論に便乗して「成績が悪いのは貧乏のせいだ。だから経済的な援助をしろ。」という要求を行う人々が多くなってきており、自明なことが自明でなくなって来ています。このエントリーは単純に言えば、そのような要求に対して「教育格差は金を援助するだけで解決するようなものではない」ということを言っているのでしょう。
「親の教育という環境面の調整を行う」
私もこれに同感です。しかし「成績が悪いのは貧乏のせいだ。だから経済的な援助をしろ。」という要求をする人々にはその発想はなく、金さえあれば子供が勉強するようになると思っているのです。全く困ったものです。
e0025様
ご指摘のとおり『学歴格差の経済学』が正しいです。ありがとうございました。(訂正しました)
dice_geist様
既に bobbob1978様が私よりうまく説明されています。まったくその通りです。
bobbob1978様、ありがとうございました。
日高敏隆氏を周知のものとして出したのは少し問題かもしれません。しかしこの見解は一般的なものであり、彼の権威を強調する意図があったわけではありませんのでご理解ください。
他にも様々な、興味あるコメントをお寄せ下さり、ありがとうございました。
岡田克敏
> bobbob1978さん、岡田さん
ご返信ありがとうございます。
不勉強にして私は知らなかったのですが、
「金さえあれば子供が勉強するようになる」とまで短絡的な主張をする
教育学者なり社会学者なりがいるのでしょうか?
私の知る限りでは、
意欲を持った子供が家庭の経済事情のために高等教育を受けられない
という機会損失(つまり、様々なマイナス要因の一部)を防ぐための経済的支援であり、
「教育格差は金を援助するだけで解決するようなものではない」
ことは高等教育の無償化を提唱している論者も承知の上ではないでしょうか。
なぜか仮想敵として挙げられているような
「金さえあれば子供が勉強するようになると思っている」
人の姿がよく見えないままのように感じました。
そして、佐和隆光氏のコラムへの反論だとしても、
まだ原文にあたれていないので推測となりますが
上記の要約を一見したところでは
「金さえあれば子供が勉強するようになる」とは読めないように思います。
(続きます)
皮肉のつもりで書いたのですが、「わかりにくかった」としましたのは、
字数の限られた一ヶ月も前の新聞のコラムを持ち出して、
建設的提案を行うことなく、ただ足を引っ張っているだけの記事のように読めたためです。
もし佐和氏の元のコラムが「一部の要素を解消するだけ」ではないような
主張なのでしたら私のこの批判が見当違いになるのでしょうけれども。
岡田氏がわざわざ記事としてアゴラに投稿されるに当たって、最後の結論が
「格差の世代間移転は決して単純な問題ではないと思われます」
だったことに拍子抜けしたことを、「わかりにくかった」と表現しています。
素性のあまり良くない社会ダーウィニズム論をわざわざ持ち出している割に、
そのことが論考や建設的な議論に結びついていないように感じられたことを
残念に思っているのです。
このような追記は必要ないはずとも思っていましたが、日高氏の件もあくまでも皮肉です。
「教育学者なり社会学者なり」
学者でそんなことを言ってる人は少ないでしょうね。でも問題は学者ではないのです。どちらかと言えば問題は政党にあります。「親にも教育が必要だ」なんて言っても票は取れません。「貴方のお子さんの成績が悪いのは社会の格差のせいだ。私たちは教育資金を援助します。」と言った方が票に結びつきます。それが現実にそぐわない主張であっても
以下に民主党のマニフェストの一部を抜粋して記載します。現物が見たいようでしたら民主党のHPを見てください。
----以下抜粋
「子ども手当」を支給します。
子どもたちは日本の未来を担う宝物です。民主党は、単に親だけに子育ての責任を負わせるのではなく、社会みんなで子育てと教育を支える仕組みをつくります。まず、誰もが安心して子どもを産み、育てることができるように、1人当たり月額2万6000円の「子ども手当」を創設して、義務教育終了まで支給します。その後の高校教育も無償化を進めるとともに、大学、専門学校などについては奨学金制度を拡充して、親の負担を軽減します。」
----以上抜粋
社民党の参議院選挙におけるマニフェストには次のように書かれています。
未来への投資 教育
1.教育に対する公費支出を対GDP比6%水準に引き上げます。20人学級と教職員の定数増で一人一人を大切にした教育を実現します。
2.就学援助制度や奨学金・育英制度を拡充して教育の機会均等をすすめます。高等教育の無償化を目指します。私学助成を拡充し、公私間の学費の格差を縮小させます。
3.スクールソーシャルワーカーを各校に配置し、教育と福祉の結合を図りながら子どもたちを的確にサポートします。
4.「こども基金」を設け、若者が高等教育を受けたり、事業を立ち上げたりすることができるような資金の貸与や、積み立て支援金を検討します。
5.雇用保険料の積立金を活用し、就職氷河期の若者の能力開発や資格取得に対する国の支援を充実します。職場での悩み、求職、職業訓練をはじめ、教育・暮らしなどを含めた総合相談窓口を設置し、専門員によるコンサルティングを含め、きめ細かな対応を行います。
ここには教育における親の生活習慣や責任については全く触れられていません。それどころか「親の負担を軽減します」としか書かれていません。このようなマニフェストは実際に子供たちの学力が上がるかどうかなどは考慮されておらず、単に票を集めるためだけの人気取りに過ぎません。
佐和氏のコラムはこのような風潮を後押しする学者としてあまり褒められない言説です。ただ不思議なのは、佐和氏の専門は全く教育問題とは関係ないはずなのに何故このようなコラムを書くことになったのか・・・。
dice_geist さんへ
佐和隆光氏はボールズの説を紹介し、遺伝の影響を否定した上で自説を述べています。遺伝の影響を否定し、その分、教育の効果をより大きく見せるという基本の考えは疑問です。また誤解を広めることになると思います。
「出身地域、国公私立の高校別に入学枠を設けるのもいい」とも述べていますが、この背景には教育に対する過大な期待があると思います。入学は楽になりますが、選抜機能は下がります。
>意欲を持った子供が家庭の経済事情のために高等教育を受けられないという機会損失
このためには大学院まで授業料を全員タダにしなくても奨学金制度の充実で可能です。すべてタダにするには多くの国民負担が必要です。また意欲のない学生を産み出すかもしれません。
格差の世代間移転を軽減するという目的は同じでも基本的な認識が適切でなければ大きな無駄が生まれる可能性があります。
> bobbob1978さん、岡田さん
再びのご返信ありがとうございます。
なるほど、確かに政党が親の責任を軽視し、負担の軽減ばかりを
主張している点は確かに問題だと思い、同意します。
ただ、政治におけるもう一方の主体である行政府、
この場合は文部科学省は、予算こそ少ないものの「家庭教育支援」を打ち出しています。
行政府が立法府に反映された「国民の声」以上のことをなすことは
本来的なあり方から外れるものかもしれませんが、必要なこともあると私は考えます。
私がコメントの中で主張しようとしてきたことは、
遺伝的要因(生物学的なものだけでなく、社会的な要因も含めて)が
調整不可能なものだからこそ、環境要因の調整が必要なのであり、
様々な施策のうちの一つとして、機会損失を防ぐために、
高等教育の無償化などを行う必要があると考えられ、
こうした様々な施策の提案に対して、
【代案を出すことなくただ否定するだけでは生産性のない議論となる】
ということです。(最後の【】は強調の意味で用いています)
(続きます)
授業料の無償化に対する対案としての奨学金制度の充実について元の記事中で言及したり、
また、「格差の世代間移転を軽減する」ための他のアイデアについての論考が、
最初から記事中で行われていればより興味深いものとなっただろうに、
と思った上でコメントをさせていただきました。
個人的には奨学金制度は学費無償化と適宜組み合わせてこそより一層の効果を発揮するものと考えていますが、
錦の御旗の元でコスト意識なく大きな無駄を生んでしまわないよう
常に評価点検と議論が必要な点については全く同意です。
建設的な提案ができればよいことはわかります。ししかし他の意見のおかしいところを指摘するのは比較的少ない知識でも可能ですが、私の教育に関する知識や能力で提案するのは無理なのです。そのような素人のレベルで提案をすると有害な結果を招きかねません(この点は本記事の副題でもあります)。
あらゆる政策は必ず負の部分を持つといってもよいと思いますか。提案は負の部分に対する配慮までしっかり検討する必要があります。教育に予算を多く配分すると他の部分が削られます。どこかの党のように防衛予算を削ればよいではすみません。
というわけで今回のような新聞に載るような影響の大きい記事に対しては間違いの指摘といった批判だけでも意味があると考えています。
http://www.youtube.com/watch?v=GtiU9-otwpY&NR=1
NHKの番組のようですが、なんというかここで議論される親の生活習慣とか責任とかは子供の教育機会の均等の問題とはかけ離れたものだと思います。何が根幹的な問題かはさておき、子どもは社会で育て上げるものだという認識、合意が果たして形成されているか疑問に思います。
確かに生活保護を受けている母子家庭のレベルだと自助努力にも限界があるでしょうね。ただそれは「僅かでも収入を得てしまうと生活保護を打ち切られる生活保護という制度」そのものの問題だと思います。番組中でも触れられていますが生活保護の受給条件が厳しすぎる。この問題に対してはベーシックインカムを導入するなどして、オールオアナッシングな生活保護というシステムそのものを作りかえる必要があると思います。
その番組にあるようなレベルの話ならいざ知らず、私が上で引用した民主党や社民党のマニフェストのような票目当てのおためごかしで安易に金銭による教育支援を行おうという風潮は、やはり有害であると思います。
民主党、社民党の言ってる事についての有害性の認識については私も全く同意します。また、このケースを見る限り、社会的弱者に対する制度としてはあまりに厳しい運用だと感じました。
>オールオアナッシングな生活保護というシステムそのものを作りかえる必要があると思います。
生活保護について生じているごたごたした問題を考えると社会として公的扶助のあり方についてもっと活発な議論がなされてもいいと思います。やはりそうなると私もベーシックインカムのような仕組みがクリアーで適切な気がします。