ここ一か月くらい、WOWOWで昨年にメトロポリタン歌劇場が上演した「ニーベルンゲンの指輪」三部作の放送をしていた。新型コロナで上演中止になったびわ湖ホールの『神々の黄昏』のネット放送も意義あることだったが、字幕なしはちょっと辛かった。今度は字幕あり。
かつてドイツの歌劇場で字幕なしでみたときには分からなかったことがいろいろ分かって為になる。序夜『ラインの黄金』はバイエルン国立歌劇場でザバリッシュ指揮でみた。第一夜『ワルキューレ』はウィーンでメータ指揮。第二夜『ジークフリート』は去年びわこホールで見たが、字幕のお陰で複雑なお話がやっと分かった。第三夜『神々の黄昏』の実演はまだだ。
ところで、このニーベルンゲンの指輪には下敷きになる歴史があるのだろうか?
実はあるのである。437年にウォルムスを首都とするブルグント王国がフン族によって滅亡させられた事件が『神々の黄昏』の下敷きだ。
この辺は、『日本人のための英仏独三国志 ―世界史の「複雑怪奇なり」が氷解!』に書いたが、以下そのさわり。
四世紀ごろのゲルマン族の状況をみると、ライン川の河口付近にフランク族、ポーランドにブルグント族、南西ドイツにアラマン族、ウクライナからルーマニアにかけては東ゴート族、西ゴート族などがいた。
フン族は東西のローマ帝国などを攻撃したり、取引したり、傭兵として雇われたりしていた。統一王権のもとで一致して行動していたわけでもなく、434年には西ローマ帝国の内戦に皇帝側で参戦して、恩賞としてパンノイア(ハンガリー)を得てそこを本拠にした。
フランクフルトの南にあるヴォルムス(宗教改革の舞台として再登場する)を首都としていたブルグント王国を滅ぼしたが、この戦いがワグナーの楽劇「ニーベルンゲンの指輪」の下敷きとなった。ただし、この王国はのちにスイスからフランス南東部で再建され、ブルゴーニュの語源になった。現代の国で言えば、スイスとオランダ、ベルギーはこのブルグント王国の末裔ともいえる。
ワグナーの楽劇と歴史が結びつくものとしては、『トリスタンとイゾルデ』がある。
これは、ラテン人やゲルマン人に先立つヨーロッパの原住民であるケルト人たちの物語だ。フランスではゴール人(ガリア人)というが、これはカエサルに征服された。そのときの物語から着想を得たのが、ベルリーニの『ノルマ』でマリア・カラスの当たり役だった。
イギリスではブリトン人といったが、アングロサクソンなどゲルマン人に追われてアイルランドやウェールズ、イングランドのコーンウォール(南西に突き出た半島)に追い込まれた。
イングランドの一部であるコーンウォールもそれなりの独立性があり、イギリスの皇太子の領地とされているので、カミラ夫人は、「コーンウォール公爵夫人」を肩書きにしている。イングランドの皇太子の第一の肩書きは、プリンス・オブ・ウェールズで第二の肩書きがコーンウォール公爵であるが、ダイアナに遠慮してこっちを名乗っているわけだ。
また、ここにあったブルトン人の一部は、フランスのブルターニュ半島に移住し、そこには、いまもケルト系のブルトン語が残る。
ケルトの叙事詩にヒントを得たワグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』は、コーンウォールのマルケ国王のもとへ嫁すアイルランドの王女イゾルデと、王に頼まれて護衛する甥でブルターニュ人のトリスタンが恋に落ちるという物語である。