台湾高雄市で韓国瑜市長のリコール決定、愛知大村知事はどうなる?

高橋 克己

選挙で選んだ代議士に政治を任せる議会制民主主義にどっぷり浸かった日本人には、直接民主主義は縁遠い制度だ。筆者も最高裁判事の国民審査くらいしか思い浮かばなかったが、地方自治体首長のリコールが歴とした直接民主主義の手段であることを思い出させる出来事が起きた。

一つは大村秀章愛知県知事に対するリコール団体が2日に設立されたこと、他は6日に台湾高雄市で行われたリコール投票で、韓国瑜市長の解職が決定したことだ。

大村知事(Wikipedia:編集部)

先に愛知県から述べれば、日ごろ保守的な言動で知られる美容外科医院経営者の高須克弥氏が、「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」(以下、アイトレ)をめぐり、

「税金から補助を与えるのが一番許せない」(朝日報道)

として、大村知事リコールの団体を作るというもの。

これに、メディアやネットでは、アイトレの内容と同様に賛否が飛び交っている。が、リコールは地方自治法で定められた極めて民主的な制度だ。住民は、都道府県知事や市町村長(首長)、地方公共団体議員などの要職者に対し、任期中の解職請求や地方自治体議会の解散請求ができる。

筆者は、法律に定められた権利の、住民による自由な行使が妨げられることなどあってはならないと考える。なので「なぜ、大村知事がリコールされなければいけないのか、全く理解不可能」など述べる某識者らには与しない。なお、筆者のアイトレの展示内容に関する意見は拙稿の通りだ。


後述する台湾との比較のため、我が国のリコール(解職請求権)に関する地方自治法の中身を少し調べたので記しておくと、都道府県知事・市町村長の解職は、有権者の以下の数の署名を集めると、地方自治法第81条第1項に基づいて選挙管理委員会に請求できるとされる。

  • 有権者の3分1以上
  • 有権者総数が40万人を超えるときは、40万を超える数の6分の1と40万の3分の1を合計した数以上
  • 80万人を超えるときは、80万を超える数の8分の1と40万の6分の1と40万の3分の1を合計した数以上

愛知県の有権者は本年3月時点で6,123,555人なので、これを上記に当てはめて解職請求が成立する署名の数を算出すると、865,443人となる((6,123,555-800,000)÷8=665,444+400,000÷6=66,666+400,000÷3=133,333=865,443)。よって、有権者の14%余りの署名数で請求が成立する。

請求が成立すると60日以内に投票が行われる。都道府県知事の場合、少なくとも投票日の30日前に投票の告示がなされる。投票の結果、有効投票総数の過半数が賛成すれば、その首長は失職する。換言すれば、署名を87万集めて請求が成立しても、投票で反対がそれを上回れば失職を免れる。


230万人の有権者を抱える台湾南部の大都市高雄、その市長である韓国瑜氏の解職の是非を問う投票が6日午前8時から午後4時まで、市内1,823か所の投票所で行われた。結果、賛成93.9万票、反対2.5万票と圧倒的大差がつき、得票率も40%を超え、リコールが成立した。

韓国瑜氏(Facebook:編集部)

韓氏は一昨年12月、民進党支持者の多い高雄市長選に国民党候補として挑戦し、勝利した。が、就任後、半年しか経っていない昨年7月、国民党の推薦を得て総統選出馬を表明、以降「帯職参選」 なる、選挙期間中は休職し負けたら復職、という何とも奇異な制度を使い、市政を横に選挙運動に東奔西走した。

今年1月の総統選の結果が、昨年6月から香港で吹き荒れた反中国風に乗った民進党蔡英文の歴史的圧勝だったのは周知の通り。そして大敗した韓氏を待っていたのがこのリコールだ。就任後半年で市政を放り出したことに、元来反国民党の高雄っ子の反発は大きく、高雄の蔡英文票は100万を超えた。

有権者約230万人によるリコール要件の第1段階は1%(23,000人)以上の署名。これは1月に28,560人分が集まった。第2段階は投票実施に必要な10%(230,000人)以上の署名。これも4月に377,662人分が集まった。解職条件は、25%以上(570,335人)の得票率かつ過半数の賛成だった。

リコール投票を4日後に控えた3日の反国民党と思しき英字紙Taiwan Newsは、「韓國瑜氏、民主主義を操作してリコール投票の屈辱を回避」と題する、邦訳で4千字余りの長い韓氏批判記事を掲載した。そこに書かれた「操作」が中国共産党風で、余りに露骨で幼稚で可笑しいのでいくつか紹介する。

  •  リコール請願の有効性を決める権限を持つ高雄市選挙管理委員会を率いるのは、韓氏が任命した副市長の一人。明らかに利益相反だが誰も何もできない。
  • 韓氏の弁護士が投票差し止めを求める訴えを起こした。理由は韓氏が就任後1年経つ前に集めた署名は違法とするものだが、行政裁判所によって即座に却下された。
  • 韓氏の弁護士が試みた次の手は、コロナウイルスを口実に、高雄市民は安全に投票に行けないとの主張。台湾中央選挙委員会は、消毒その他の手立てで実施可能、と退けた。
  • 高雄市選挙管理局は学校に対し、いつもは投票で使う教室を、コロナを理由に投票所として使用させないよう圧力を掛けた。が、高雄では50日間感染者はゼロ。
  • 次に同委員会は学校に対して、教室を1つないし2つだけを貸すよう圧力をかけた。その目的は、長い列を作らせて投票を諦めさせたり、時間切れにさせたりして25%の投票率を割らせること。
  •  韓氏はコロナを理由に3人以上の集会を禁止する厳格な新しい規則を導入、警察と役人に公共の場所にいる3人以上のグループを解散させるよう厳しく指示した。標識を掲げたり、チラシを配ったり、夜市を訪れたりする活動も禁じられた。
  • 選挙では投票カードなどの書類はいつも里長(村長)から世帯に配られる。今回は里長に投票カードへの署名を義務づけ、投票していない者が判るようにした。

以上、他にもまだあるが馬鹿々々しいものは省いた。真偽のほどは不明だが、Taiwan News紙は「このように脅威を使用することは、韓國瑜の愛する中華人民共和国では一般的かも知れないが、台湾のような民主的な国ではあり得ない」と記事を結んでいる。

今回のリコール成功は、韓氏自身の問題も多かろうが、民進党蔡政権がコロナ禍を目下ほぼ完璧に抑え込んでいること、WHO総会へのオブザーバー参加を中国に阻まれたこと、投票直前のタイミングでの北京による香港への国家安全法導入採択など、ここにも反中国・反国民党の風が吹いたことが大きかろう。

さて、愛知のリコール騒動、高雄のこの出来事の報道のされ方次第では、その帰趨に影響を与える可能性がないとはいえまい。