日本では「政界は一寸先は闇」とよくいわれるが、どうやら日本の政界だけではなく、欧州の代表国、ドイツの政界も同じようだ。この春先までは、今年9月に実施される連邦議会選(下院)では「緑の党」が第1党に躍進する勢いといわれてきたが、ここにきて「緑の党」の失速が囁かれ出したのだ。
独メディアは今春、野党「緑の党」が今年9月26日の連邦議会選(下院)で与党「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)を破って第1党に躍り出る可能性が高まってきた、という予測記事を大きく報道した。そしてメディアの関心は「緑の党」のアンアレーナ・ベアボック共同党首(40)に注がれていった。独メディアの中には、「メルケル首相はドイツ政界初の女性首相だったが、ベアボック党首が就任すれば本当の『お母さん首相』誕生となる」といった少々ノリすぎた記事もあった(メルケル首相には子供がいない。ベアボック党首には2人の子供がいる)。独週刊誌シュピーゲルは数回、ベアボック党首を表紙に飾り、大きく報じた。
当方もこのコラム欄で「ドイツで『緑の党』が政権を担う時」(2021年4月28日参考)という記事を書いたが、メディアでは「なぜドイツの『緑の党』は躍進するか」というテーマが論じられてきた。その数週間後、今度は「『緑の党』はなぜ支持を失ってきたか」という問題を論じざるを得なくなってきた。厳密に言えば、ベアボック党首の人気に陰りが見えてきたのだ。
「緑の党」の希望の星と見られてきたベアボック党首は「ベアボック党首、ハード着陸か」(フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング)から「『緑の党』の重荷」(ディ・ヴェルト紙)、そしてシュピーゲル誌では「次期首相はもはやベアボックではない」と早くも切り捨てられている有様だ(オーストリア通信から)。
独公共放送ZDFの6月「政治バロメーター」によると、メルケル首相の与党CDU/CSUの支持率は28%で3週間前の調査比で4ポイント増え、社会民主党(SPD)は15%で1ポイント増、極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)は11%と変わらず、自由民主党(FDP)10%で1ポイント減、左翼党7%で変わらない。そして「緑の党」は22%で前回比3ポイント減だ。3週間前まで「緑の党」がCDU/CSUを抜いて第1党だった。過去3週間で「緑の党」に何が生じたのか。
「緑の党」の失速傾向は先のザクセン・アンハルト州議会選(6月6日実施)でも既に読み取れた。与党CDUが得票率を大きく伸ばし、第1党で勝利する一方、「緑の党」は得票率5・9%と議席獲得に必要な5%の壁を辛うじてクリアしただけに留まった(前回比0・7%微増)。ただし、旧東独では「緑の党」は元々支持基盤が弱く、環境問題に対する有権者の関心は旧西独より低いから、今回の州議会選の結果は決してサプライズではないが、9月の連邦議会選前の最後の州議会選結果としては、「緑の党」にとってやはりショックだったろう。
3人の次期首相候補者の中で、ベアボック党首は今年5月段階で43%が「首相の資格がある」と評価していたが、今月に入り28%に急落している。一方、CDU/CSUの統一首相候補者アルミン・ラシェット党首は37%から43%に上昇、SPDのオーラフ・ショルツ財務相は48%とトップを走っている。この結果からいえることは、「緑の党」の下降傾向というより、ベアボック党首個人の人気が落ちてきている、と解釈すべきだろう。
参考までに、公共放送ARDの「ドイツ・トレンド調査」はさらに鮮明だ。次期首相候補者の支持率ではラシェット党首は29%でトップ、前回調査比で8ポイント急増、それを追ってSPDのショルツ財務相は26%で微増、そしてベアボック党首は16%で、前回比12ポイント急減している。
それではベアボック党首の人気が落ちた原因は何だろうか。①党からのクリスマス・ボーナスを連邦議会に副収入として届けることを怠ってきたことが明らかになった、②本人も認めているが、不正確な経歴、学歴問題が浮上し、修正を余儀なくされてきたこと、そして、③最近のガソリン価格議論などが人気急落の原因に挙げられている。
「緑の党」は11日から党大会を開催中で、12日にベアボック党首を正式に党次期首相候補者に選出する。党大会ではベアボック党首を鼓舞する発言が出てくる一方、環境政策で激しい議論が予想される。なぜならば、連邦党幹部と州党代表の間には環境政策で政策の違いがあるからだ。例えば、ガソリン車の廃止を党公約の2030年ではなく、25年までとするべきだという声がある。高速道路の速度制限、最低賃金のアップなど過激な政策を主張する党員は少なくない。環境保護政策では穏健派のベアボック党首ら党幹部は過激な環境政策を要求する党員らを説得し、党の結束を外に向かってアピールできるだろうか。党大会の成果が注目される。
ベアボック党首は「世論調査ではアップ、ダウンは常にある。連邦議会選の戦いはこれからだ」と述べ、強気の姿勢を崩していない。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年6月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。