米国同時多発テロ事件から11日で20年目を迎える。同事件では、2977人が犠牲となり、2万5000人以上の重軽症者を出した。同事件を契機として世界の政治の主要アジェンダはテロ対策に移った。そして15年11月3日にはフランスのパリで同時多発テロが発生し、パリ北郊外の国立競技場スタッド・ド・フランスの外で3人の自爆犯による自爆テロが起き、続いてパリ市内北部のカフェやレストランで銃の乱射や爆弾テロが起きた。そして、パリ11区のコンサート中のバタクラン劇場に乱入したテロリストが銃撃と爆発を起こし、130人が死亡、300人以上が重軽傷を負う史上最大規模のテロ事件となった。パリの同時多発テロ事件の裁判が8日、パリ中心部シテ島にある重罪院特別法廷で始まった。
欧州のテロ事件ではユーロ・イスラムの存在が改めて注目された。ユーロ・イスラムとは、欧州に定住し、世俗化したイスラム教徒を指す。その信者数は欧州人口の約5%と推定されている。多くの欧州諸国では、ユーロ・イスラムはキリスト教に次いで第2の宗教と公認されている。
ユーロ・イスラムの歴史は欧州文化の歴史と重なってくる。アラビア半島からイベリア半島までその勢力を拡大したイスラム教派は718年、西ゴート王国を破り、イベリア半島を支配した。しかし、1492年、キリスト教国からの失地回復運動(レコンキスタ)でイベリア半島から追われたイスラム教徒たちは北アフリカに逃げたが、同時に、欧州各地に散らばった。
ドイツに住む2世、3世のユーロ・イスラム(主にトルコ人)はもはや祖父の国に帰国したいと考える者はほとんどいない。ユーロ・イスラムの欧州文化への定着は想像以上に進んでいる。だから、ユーロ・イスラムにキリスト教社会とイスラム教世界の架け橋的な役割を期待する声も聞かれたほどだ。
そのユーロ・イスラム教徒が9・11テロ事件以来、イスラム過激派のオルグのターゲットとなってきた。英国のロンドン同時爆発テロ事件(2004年7月)やドイツで鉄道爆発計画が発覚し、欧州育ちのイスラム教徒がイスラム根本主義に傾斜していく危険性が表面化し、欧州社会は大きなショックを受けた。同時に、2015年の中東・北アフリカから100万人以上の難民・移民が欧州に殺到した時、イスラム過激派も難民の中に混ざって欧州入りした。彼らは欧州に侵入後、ユーロ・イスラム教徒に接近し、イスラム過激派思想を広げていった。
最近の例を挙げる。イスラム原理主義勢力タリバンがアフガニスタンを占領したことを受け、欧米の外交官などとともに多くのアフガン人がカブール空港から西欧に避難したが、その避難民の中には有罪判決を受けた多数の犯罪者が紛れ込んでいたことが明らかになった。
ドイツはこれまでドイツ国民403人を含む5300人以上をドイツに避難させたが、同国連邦内務省によると、避難させたアフガン人の中に有罪判決を受けた強姦犯やその他の「治安関連の事件」が20件が明らかになったという。イスラム過激派テロリストがカブール空港の混乱に乗じて避難機に搭乗してドイツ入りした可能性は排除できないわけだ。
ところで、ユーロ・イスラムがイスラム過激派思想に染まる契機で一番多いのはイスラム寺院で過激派イマームからオルグされるケースだ。刑務所に拘留中、イスラム過激主義者と接触したケースも報告されている、そしてユーロ・イスラムが次第に“ホームグロウン・テロリスト”となっていく。
それでなぜユーロ・イスラムがイスラム過激思想に惹かれていくのか。オーストリアの社会学者は、「彼らは社会に統合できないで苦しんできた。言語問題だけではない。仕事も見つからず、劣等感に悩まされるイスラム系青年も少なくない。そこで聖戦のために命を懸けるべきだというイデオロギーに接した場合、彼らはそれに急速に傾斜していく」と分析する。欧州からシリア内戦、イラク紛争に数千人のユーロ・イスラムが参戦している。彼らは、ユーロ・イスラムからイスラム聖戦兵士となっていったわけだ。
9・11テロ事件20年目、欧州ではテロ対策を強化し、イスラム過激派組織の壊滅、イスラム寺院への外国からの財政支援の監視を強めているが、同時に、ユーロ・イスラムへの支援を忘れてはならないだろう。9・11テロ事件以後、欧州全土でイスラム・フォビアが広がっている。ユーロ・イスラムの雇用状況も厳しい。彼らをイスラム過激主義から守るためには、ユーロ・イスラムの社会統合を積極的に推進すべきだろう。
西暦2050年には、欧州のユーロ・イスラムの数は今の倍に膨れ上がるという予想も出てきている。仏人気作家ミシェル・ウエルベック(Michel Houellebecq)氏の小説「服従」の中で、近未来にイスラム教徒のフランス大統領が登場すると予言している。世俗化した欧州のキリスト教社会でユーロ・イスラムのプレゼンスが強まってくることは間違いない。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年9月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。