リーマン・ショックから13周年を迎えた9月15日は、2021年に新たな意味が加わりました。
米英豪は、インド太平洋の安全保障をめぐり新たな枠組みを始動させたのです。各国の頭文字を取って”AUKUS(オーカス)”と名付けられました。諜報活動に関する協定である”英米協定(UKUSA Agreement)”を締結する米国や英国の他、英連邦に位置付けられるカナダ、オーストラリア、ニュージーランド5ヵ国の通称であるファイブ・アイズより、アングロサクソン系の結束と絆を結び付ける名称となりました。日米豪印が安全保障で協力する”クアッド(QUAD)”が4を意味するように、名づける際に数字を重視するようにみえましたが、今回は国の頭文字を冠しており、特別感が漂いますね。
タイミングを考えると、非常に意義深い枠組みになります。特に米国にとっては、米軍をアフガニスタンから完全撤退させ、名実共にインド太平洋に軸足を移し中国と対峙する意思を明確化したのですから。
環太平洋経済連携協定(TPP)に参加を申請した英国にとっては、TPP加盟国にインド太平洋のコミットを宣言したも同然です。
豪にしてみれば、潜水艦と原子力の技術を有する国だけが保有する原潜の建造は、中国による脅威への大きな対抗措置となります。原潜はディーゼルエンジンの潜水艦と比較して長期間の潜航が可能なだけでなく、海水を蒸発させ真水に変えられるなど快適な環境を提供でき、何よりステルス性が高いという特徴を持つためです。現在、原潜を有する国は米国を始めフランス、英国、ロシア、インド、そして中国の6ヵ国のみですが、ここに豪が加わり7ヵ国に増える見通しです。
”AUKUS”の目下の主眼は、豪に対する1年半にわたる原子力潜水艦建造への協力です。米国が原潜の技術を供与するのは、英国に続き2ヵ国目。今後はサイバー、人工知能(AI)、量子技術、深海領域などでの連携強化を進めます。
AUKUS立ち上げから2日後の9月17日、茂木外相はペイン豪外相と約15分にわたって電話会談を行い、ペイン豪外相から①豪米「2+2」の結果、②豪英米の三国間安全保障パートナーシップ(AUKUS)の創設につき、説明を受けました。茂木外相は「インド太平洋地域への関与を強化する米豪安保協力及びAUKUSの創設を歓迎すると伝えたといいます。
日本人からすれば、この3ヵ国の新枠組みに参加できなかったことは心もとない気がしますよね?ただし、明海大学の小谷哲男教授のツイッターによれば、今後10年間で中国の攻撃型潜水艦の数は62隻→68隻に増える見通し。一方で米軍は66隻を目指すが、建造が予定通り進むかは不透明な上、アジア太平洋には約6割しか配備できない。日本の22隻を加えても漸くバランスがとれるかというところで、豪の原潜が加わわることは大きな意味があるとのこと。そう考えれば、日本にとっては渡りに船といったところなのでしょう。
しかし、気掛かりな点はインドが事前にAUKUSへの参加を要請されていたという報道です。バリー・オファレル豪高等弁務官の発言としてインドのヒンドゥー・タイムズ紙が報じています。インドは原潜を保有するだけに、声を掛けられていたとしてもおかしくありませんが、事実なら日本に改憲が進まない日本に厳しい現実が突き付けられたも同然です。
とはいえ、日本にしてみればQUADを含め重層的な安全保障の枠組みを設け、対中包囲網を強化できるというメリットもあります。一方で、気になるのは仏の動きです。AUKUS創設により、豪はフランスが設計した潜水艦の製造計画を廃止するため、ルドリアン仏外相は「裏切り行為だ、怒りを覚える」と猛烈に批判、バイデン米政権についても「こうした一方的な決定はトランプ前大統領のようだ」と強く非難しました。多国間主義で対中包囲網を描く上で、5月に日米仏豪はインド洋・東シナ海で合同軍事演習を行ないましたが、今後のインド太平洋の安保体制に影響が及ぶのかが懸念されます。何より、中国が隙を突いて仏に接近するリスクには注意が必要。ただし、仏は4月に大統領選を控え、政権が交代するリスクも否定できず、仏のインド太平洋へのコミットを含め注視すべきでしょう。
奇しくも米英豪が対中包囲網の強化で一致した翌16日、中国はTPPへの参加を申請しました。王文濤商務相は、TPP事務局の役割を担うニュージーランドのオコナー貿易・輸出振興相に申請書を提出したといいます。
中国は2020年11月、米大統領選でバイデン氏の勝利が確実になったタイミングで、習近平主席はアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で検討すると発言していましたが、遂に実行に移したかたちです。ファイブアイズの一翼を担うNZはAUKUSに加盟していませんが、色々考えてしまいますね。何しろ、マフタNZ外相は6月に「中国とは経緯を持った関係にある」と発言、対中包囲網に関与し中国と貿易摩擦が激化する豪と、一線を画します。
各紙で報じられるように、中国のTPP参加には高いハードルがそびえます。まず、加盟国11ヵ国全てからの承認が必要となります。TPPが設定する高い水準の自由貿易ルールを受け入れるかも、問題です(知的財産や投資の保護、政府調達、国有企業の補助金、衛生植物の検疫措置、電子商取引、強制労働など)。
それでも、敢えて中国が参加を表明したのは、①AUKUSへの対抗措置、②米欧などが関与を深める台湾のTPP加盟申請阻止、③対中包囲網のアジア諸国間の波及抑制――などが想定されます。ちなみに、中国外務省の趙立堅報道官は16日に「時代遅れの冷戦精神」、「軍備競争を過熱する」など猛批判しつつ、17日にはTPP加盟申請につきAUKUS始動とは「全く関係がない」と発言していました。
2021年9月15日を振り返る時、人々は何を思うのか。未来をめぐっては、今後の米英豪と中国、さらにQUADを構成する日本やインド、そして欧州、ASEAN諸国など様々なプレイヤーによる今後の対応がカギを握ります。
編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK –」2021年9月17日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。