今日の物価高 スタグフレーションには見えず

経済、投資系の記事にスタグフレーションの文字をちらほら見かけるようになりました。10月2日の「今週のつぶやき」で「スタグフレーションがやってくる?」と「?」を付けたのはかつて我々が知っているタイプと違うような気もするのです。もしかすると新型の「経済問題」のようにも見えるのです。

sculpies/iStock

スタグフレーション、久々に耳にする方もいらっしゃるでしょう。スタグ(stagnation=経済停滞)とフレーション(inflation=物価上昇)の合成語で悪質な経済病といってよいでしょう。

通常は景気が良ければ物が売れ、賃金が上昇します。ところがこれが過熱するとモノの価格が上昇しすぎるので金利を上げて冷や水を浴びさせ、景気の熱を冷ます、という人為的操作をします。これをするのが中央銀行の役目です。一方、スタグフレーションはモノが売れないのに食品や生活財など誰もが必要とする財の物価を中心に急上昇、賃金上昇が追い付かず、景気が落ち込む状態を言います。

スタグフレーションの好例は1970年代の石油ショックの時で原油価格が4倍にもなり、景気が落ち込み、対応に苦慮したもののその後、原油価格が下がったことで収まりました。同様に2008年のリーマンショック後も原油価格や穀物価格が上昇したもののその後、再び価格下落があり、その危機を脱出しました。

では今回、同じような状況なのに私がなぜ疑問符を付けたのか、といえば技術の進化と世の変化、価値観の変化、それに対してコロナショックによる1年半以上の時間的ギャップが生み出した複雑性があり、わかりにくいからです。

まず、需要が一方向に定まらず、食い散らかすような状態になっています。これは消費意欲が高いもののそれに見合う供給ができないか、消費者を失望させる価格となっており、消費を諦める層が出ていることがあります。家は高い、車は在庫がない、旅行は制約だらけです。その中でカナダではついに「ぜいたく税」が付加されそうで10万ドル(約900万円)以上の自動車や25万ドル(2200万円)以上の船の購入などには10%の「ぜいたく税」を来年から課すことになりそうです。個人的にはこの政策はごく短期的処置には有効なものの恒常的な税にするのは大変な間違いだと考えています。それにそんな税額も抑制策も効果はたかが知れているのです。

今回の状況は資源価格や食糧価格の上昇だけを見れば過去のスタグフレーションに似ています。但し、その価格は過去の事例のようにすぐに下がらないかもしれません。それはカーボンゼロという新たな取り組みとコロナ特需で追いつかない産業界が背景です。生産体制がフルにならない問題点もあります。コロナで工場の稼働率が十分ではなくベトナムなど東南アジアからの輸入品は需要に応えていません。半導体不足で9月のアメリカの自動車販売は25%も下落しました。つまり、価格は上がっているけれど今のところ実需がついてきているのです。

これから1-2か月に起きること、それは欧米の感謝祭とクリスマスという二大ギフトシーズンにものがない、という問題です。この伝統的なギフト交換の習慣に対して一部の小売業者が商品の在庫がなくなるかもしれないから早めの購入を促している状態です。それもあり、ショッピングモールは既にとても混み合っています。それだけを見ると景気のブーム(高揚期)ではないかと思われるかもしれません。しかし、一時的に過大になっている総需要に対して供給が追い付かないだけの状態であり、本来なら設備投資を促進するべきで金利を上げるのは逆効果であります。

企業は作りたくても作れない、運びたくても運べない、売りたくてもスタッフがいない、という三重苦を抱えているのです。

パウエル議長がこのインフレは一時的と言っている意味はこの点を指しています。「食い散らかし型過剰需要」であるなら確かに待てば経済の正常化に伴い、企業の生産活動が元に戻り、流通も落ち着くのでしょう。つまり、今回の場合、供給ペースを落とさず、需要を落とすという仕組みづくりが必要でこれをどうやって金融政策上反映させるか、であります。

20年初夏、私は自転車が欲しくて何軒も回ったけれど一台もありませんでした。ようやく見つけても一台50万円といったものしかないのです。私を含め消費者は購入を諦めました。過剰需要が落ち着き、1年後の21年春にはそこそこ入手できるようになりました。それは爆発的需要がそこまで継続せず、盛り下がった一方、供給が追い付いたからです。まさにこの状態があらゆる業種で起きているということです。

我々マリーンの業界では来年以降、プレジャーボートの取引価格が大幅に下落するとみています。潜在需要を先食いし過ぎて揺り戻しが来るとみているのです。本来、そこまで船が好きではない人まで買ってしまった、だから後悔して売り急ぐ、です。

日本に於いては外国人労働者が払底したことが大きく、コロナ入国規制が緩和されそれらの人が労働市場に戻ってくれば人材不足は解消に向かうでしょう。その際、日本独特の問題として賃金上昇圧力が落ちるのでこれが長期的な問題として残る可能性はあります。

総合的に見て私には「騙しインフレ」にもみえます。1-2年は過渡期となり、読みにくい状態になるもののキャッチアップが進むと予想しています。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2021年10月22日の記事より転載させていただきました。

アバター画像
会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。