新型コロナが開けたパンドラの箱あるいはトロッコ問題

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埼玉県で10代の中学生が新型コロナで死亡した。10代では全国で5人目、初めての基礎疾患の無い事例だった。意識低下し重症だったが救急搬送・病院収容まで2時間かかったという。

コロナ禍で注目される救急搬送困難は、日本人と為政者が目をつぶり蓋をしてきた「トリアージ、生命や施策の優先順位」の問題の発露だ。紙上事例で考えてみたい。

ある日のどこかで。

A氏は14歳の中学生、部活で鍛えていて野菜もよく食べる、健康そのものだった。しかし通っている中学校にも新型コロナは襲い掛かり休校、A氏も濃厚接触者として自宅隔離となった。何とも無かったが3日目の深夜、A氏は猛烈な悪寒に襲われた。

「お母さん寒いよ」ガクガク震えている。母親が熱を測ると40度。父親は単身赴任で居ない。「どうしよう」新型コロナ相談窓口は何度電話してもつながらない。そのうちA氏はぐったりしてしまった。

母親は思い切って119番通報した。「はい、火事ですか救急車ですか」「救急車お願いします」「誰がどんな具合ですか」「息子が40度の熱で、寒いと言って震えていたのですが、ぐったりしてしまいました」「ご家族や周りで新型コロナや濃厚接触者は」「通っている中学校がコロナで休校しています」「「息子さんのご年齢は」「14です」「あなたのお名前と住所は」「母のビイ子です、住所は」「今、救急要請すごく多くて出払っているんですよ。手が空いた救急車を回しますから、お待ちください」

待つこと20分ほど、やっとサイレンが聞こえてきた。母親が外に出て手を振るとサイレンを止め、救急車が横付けした。ビニールの防護服の隊員が手際よくA氏をストレッチャーに載せ、車内に運び込んだ。母親はほっとしたが、そこからが長かった。

「かかりつけのお医者さんや病院は」「近所のクリニックですが、夜は連絡できないんです」「大きな病気は」「無いです」隊員が連絡を始める。が10分、30分経ってもまだ連絡している。「あの、まだ病院行けないんでしょうか」「どこも受けてくれないんです」A氏を看ていた隊員が「SpO2、87%」「酸素行こう」隊長が指示し酸素マスクが付けられた。東の空が明るみ始めた頃やっと搬送先が決まった「ちょっと遠いんですけど、トクシ病院に行きます」救急車は再びサイレンを鳴らし走り出した。

同じ頃とある老人ホームで。夜勤の介護士が見回り中、足を止めた。「Cさん! 大丈夫ですか!?」

ベッドのC氏は94歳女性。認知症の末期、寝たきりで食事も自分では食べられない。介助して食べさせても誤嚥し度々ムセる。昨夜の夕食も何度もむせ込んでいた。遠からず看取りと家族には伝えていたが、息子は「少しでも長生きさせてくれ!」と強硬に言う。60前後だが働いていない様子、たまに面会に来ると毎度「母が死んだらお前たちの介護が悪いせいだ!」と言い放つ。

C氏は時折喉で痰をガラガラしながら苦しそうに息をしている。介護士が看護師に電話すると「ホームでは何もできない、救急車呼んでください」。介護士は壁の救急依頼手順を見ながら119番した。ほどなく救急車とホーム長が到着したが、中々搬送できない。朝焼けが映える頃「トクシ病院に行きます」やっと救急車は走り出した。

早朝のトクシ病院、救急外来。家族が何人も待合に居る。扉の向こうのER(救急処置室)では喧噪。心筋梗塞や脳卒中の生死を争う患者の処置中なのだ。「交通外傷来ます!」中でひときわ通る看護師の声。待合の壁には「24時間365日開院診療」と理念が掲げられている。サイレンが近づき止まると、血まみれの患者がERに吸い込まれた。

A氏とC氏もストレッチャーに乗せられていた。二人はほぼ同時に到着したのだ。ERからトリアージ・ナース(重症度と優先順位を判定する)が来て、A氏とC氏の救急隊員と母親、同乗してきた介護士から状況を聞き取り、A氏とC氏のバイタルサイン(血圧等)を計測する。そしてA氏の母に「Aさんはトリアージ区分黄色、準救急、少しお待ちください」C氏の介護士にも同様に告げた。そして病院のストレッチャーに載せ替え救急隊を労うと、救急隊は引き上げていった。

そこへC氏の息子が到着した。救急受付で怒鳴り散らしている。「なんで俺のかあちゃんがまだ診察もしてねえんだよ!? 殺す気かよ!?」「もっと重症の患者さんを治療中なので、そちらが落ち着き次第の診療になります」「ふざけんな!」延々怒鳴り散らす。

その時ERのドアが開き、A氏が運び込まれた。「おいなんでガキが先なんだよ!?」「医師の判断です」「なんだと!?」そこへ恰幅の良い初老の男性がやって来た。警察OBの保安担当職員である。「まあまあ、こちらでお話を伺いますから」有無を言わせず腕を取ると、別室に息子を連れ去った。ほどなくしてC氏もERに入室した。

3日後。A氏は回復し一般病棟に転棟した。一方C氏は、誤嚥性肺炎でその日の明け方死亡した。問題はそれからである。C氏の息子は「お前らが殺したんだ!」「なんでガキを先にしたんだ!? 俺のかーちゃんが先だったら助かったかもしれないだろうが!」「エクモとかいうのがあるんだろう、なんで使わなかったんだ!」「賠償請求するぞ!」そこで保安担当者登場。そして。。。

新型コロナは変異するごとに患者増、救急搬送困難つまり数時間以上も搬送先病院が決まらなかったり、搬送断念つまり搬送せず引き上げる事例すら度々発生している。

消防庁「救急・救助の現況」によると令和2年の救急車出動664万件弱、搬送598万人弱に対し令和3年は593万件強、搬送529万人強と一割ほど減ったが、到着所要時間は8.9分(令和2年8.7分)病院収容所要時間40.6分(同39.5分)と延長している。搬送困難等のため所要時間が延長し、搬送能力が奪われている可能性がある。

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新型コロナ以前から救急搬送の実に半分は「必要が無い軽症者」であり、救急車の適正利用「軽症で呼ばないように」国や医学界が呼びかけていた。新型コロナではマスコミや一部SNSユーザーが脅威を煽ったために、インフルエンザや風邪なら自宅で様子を見る程度の発熱や不調でも救急要請した可能性がある。逆に病院側はコロナ対応病床と人員が限られ応需できない。コロナ対応のため救急医療全体がパンクした可能性がある。

そこでトリアージが問題となる。日本は戦後民主主義で「平等」を国是とし、今や災害時にペットを「家族同様」と避難所に収容するほどだ。しかしもし食料が二人分で大人が二人、一人はペット連れならどう「平等に分配」するのか。

トリアージの有名な命題として「トロッコ(列車)問題」がある。列車が暴走した。先にポイント(分岐点)がある。直進したら行き止まりで脱線し全員が死ぬ。ポイントを切り替えればその先で減速できるが、作業員は退避できず死ぬ。どちらを選ぶか。これを小学校で出題したら保護者からクレームがついたそうだが、現実には二者択一を迫られる状況は少なくない。その対象が生命になるのが、医療の場である。

救急外来の空きベッドが1つ。90過ぎ寝たきり認知症で誤嚥(性肺炎)を繰り返す老人と、本来健康な子供が来た。どちらも臨床的には肺炎である。どちらを優先すべきか。

生命だけは平等と、90過ぎ寝たきり老人を優先する。その場は助かっても誤嚥性肺炎は繰り返すので遠からず死ぬし、意識が戻らず植物状態や人工呼吸器を外せない(まま死亡)かもしれない。人工呼吸器装着状態だと月に100万円以上、エクモであれば(適応外と想われるが)1000万円前後の医療費になる。老人医療制度により自己負担はわずかで大半は他人の保険料と血税で賄われるが、回復しない。

子供を優先したら。ほとんどは元気に回復し社会復帰し、未来社会を支えていく。年金、老人医療費さらに介護費は現役世代が支える世代間扶助だ。子供を救うことは生産そして老いた世代を支えることになる。

では、あなたが医師ならどちらを優先するのか。生命は平等だが、優先順位は付き得る。

タイタニック号の沈没では沈みゆく船からの脱出、ボートに乗る優先順位は

  1. 若い女性と子供
  2. 若い男性
  3. それ以外

と定められ皆が従ったという。トリアージし未来を産み支える者を優先し、限られたリソース(救命ボート)を利用する優先順位が明確だった。

「救急崩壊」が言われて久しい。新型コロナは国際的には死者が少ない我が国ですら「優先順位付け」が必要な状況になっている。平等は非常時には通用しない。

さらに超高齢化で年間死亡者数が増加し「看取り難民」、病院で看取れなくなる可能性すら言われ始めている。死に場所すら「トリアージ」が必要なほどに、我が国の医療はひっ迫しつつある。

故石原慎太郎氏は「日本人は幼稚化している」と喝破した。日本人、為政者は目の前の危機的問題から目を背け続け蓋をしてきたが、もはや避けえない。

新型コロナ死亡者のほとんどは80代以上、平均寿命前後で「天寿」と言える。年間約140万人死亡し死因5位前後は肺炎で年間12万人ほどが死亡するが、新型コロナ死亡者は2年で2万人に過ぎない。しかし他疾患や自殺は超過死亡が見られ、飲食店営業自粛施策による失職等の影響が考えられ、休校は子供の発達への影響も報告されている。

遠からず避けえない一部の死を一時避けるために「風邪程度で済む」大多数を巻き込み、「欲しがりません勝つまでは、一億総火の玉」まるで戦時下、そして未来ある若者が死んでいく。それで良いのだろうか。

 

【参考】
<新型コロナ>10代死亡…2回接種の男子学生、基礎疾患なし 急変後、搬送に2時間かかる 死因はDIC
救急搬送困難5740件、5週連続最多更新
令和三年版 救急・救助の状況(消防庁)
2018年の軽症での救急搬送患者割合は前年比0.6ポイント増、国民の意識改革には時間がかかる
「人を助けず、立ち去れ」が正解になる日本社会 「岩国トロッコ問題」が露呈した本音 プレジデント
高齢コロナ患者「入院順位下げメール」の是非 日経ビジネス
新型コロナ診療報酬倍増 ICU重点、医療崩壊防げるか:朝日新聞デジタル
どんな場合に、どう呼べばいいの? もしものときの救急車の利用法 政府広報オンライン
救急安心センター事業(♯7119)をもっと詳しく!(消防庁)
コロナ感染の10代死亡 全国初、基礎疾患あり—大阪:時事ドットコム(2021/9/8、ワクチン未接種)
新型コロナ、横浜の10代女性が死亡 ワクチンは1回接種:朝日新聞デジタル(2921/9/22基礎疾患あり在宅酸素使用)
東京、新規感染248人 コロナ、10代含む8人死亡:山陽新聞デジタル(2021/9/28、事故死)
三重県で死亡の10代、新型コロナ陽性 集計上コロナ死亡例として報告 ? 名古屋テレビ(2022/1/12死因は基礎疾患)