最新の世論調査にみるドンバス地域住民の意識

ウクライナ情勢は、筆者の予想に反して大方の予想通り、ロシアによる全面侵攻の様相を呈するに至った。プーチンはNATOによる東方不拡大の約束破りに加え、突然、ドンバスでの「ジェノサイド」まで言い出して、ウクライナ侵攻の「目的」を拡げ過ぎ、自ら混乱させてしまった様に見える。

プーチンが何と言い繕おうと、急拵えとも思える大義名分はお粗末だし、全面侵攻はやり過ぎだ。ドンバス「両国」の承認までで米国とNATOは抑えられたはずだからだ。24日の時点だけでも、以下の様に進展が早過ぎて、出口が見通せない。

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ロシア政府系『スプートニク通信』(日本語版)の24日の報道を追うと、08:22(14:14更新)には「ドネツク・ルガンスク両共和国の指導者、プーチン大統領にウクライナ軍撃退の支援要請」と報じ、12:29(14:10更新)には「プーチン大統領、ウクライナ東部での特別な軍事作戦を決定」と出た。

ロシア大統領府のペスコフ報道官は23日、ドンバス「両国」の指導者が書簡で「プーチン大統領に対し、民間人の犠牲者を避け、ウクライナ東部での人道的悲劇を防ぐために、ウクライナ軍の攻撃を撃退するよう要請した」と発表した。まさに全面侵攻の大義名分の俄か作りが見て取れる。

書簡には「現在、状況の悪化とウクライナ政府からの脅威のため、両共和国の市民は避難を余儀なくされ、引き続きロシアへ避難している」と強調されているという。これを受けてプーチンは、「(計画に)ウクライナの領土の占領は含まれていない」と強調しつつ、次のようにテレビで演説した。

現在の状況は、我々に決定的かつ迅速な行動をとることを要している。ドンバス地域の2つの共和国は、ロシアに支援を求めた。これを受けて、国連憲章の第51条第7章に基づき、連邦院の承認を得て、連邦議会で批准されたドネツク人民共和国・ルガンスク人民共和国との友好および相互支援の条約に従い、特別な軍事作戦を実施することを決定した。

事態を受けてウクライナのゼレンスキー大統領も24日、ウクライナ全土に戒厳令発令を宣言するビデオ演説で次のように述べた(24日13:49、更新14:29のスプートニク』)。

今朝、プーチン大統領はドンバスでの特殊軍事作戦の実施を発表した。ロシアは我々の軍事インフラや国境警備隊に攻撃を加えた。ウクライナの多くの都市で爆発音が聞こえた。我々は全土に戒厳令を敷く。数分前、バイデン米大統領と会談した。米国は国際的な支持を集め始めている。あなた方は冷静になってほしい。可能であれば家にいてほしい。我々は動いている。ウクライナの安全保障・防衛部門全体が動いている。パニックにならないでほしい。我々はどんなことにも準備ができていて、全てに打ち勝つのだ。

『スプートニク』は24日14:43には、ロシア軍はウクライナの都市に砲撃や空爆を行っておらず、「ウクライナ軍の軍事インフラ、防空施設、軍事飛行場、ウクライナ陸軍航空隊が高度な精密兵器で使用不能となっている」とし「一般市民を全く脅かしていない」と断言した。

同記事はまた、プーチンが24日午前のテレビ演説の中で、「8年間ウクライナ政権による虐待、ジェノサイトにさらされてきた」人々を守るため、特殊軍事作戦を実行することを決定したとし、ロシア政府の計画には「ウクライナの領土の占領は含まれていない」と強調したと報じている。

が、14:20 、更新14:28の記事では「ウクライナのキエフで砲撃のような音 目撃者が報告」との見出し記事が報じられた。

これらが24日14:55のロシア国営『タス』が報じた、プーチンのいう「特別な軍事作戦」だろうか。彼はウクライナの「非軍事化と非ナチ化」を求め、ウクライナ軍に「武器を置いて家に帰る」ことを呼び掛けたという。如何に政府系や国営の報道機関とはいえ、余りに無批判で手前味噌が過ぎよう。

事ここに至ってはプーチンの軍事行動に「ウクライナの領土の占領は含まれていない」ことを祈るばかりだ。そんな中、報道では余り聞かれなかったドンバス「両国」の人々の声に関する世論調査が公表された。23日、米シンクタンク「ウィルソン・センター」の「ケナン研究所」が発表した。

ロシアとユーラシアに関する研究で評価の高い、ソ連の「封じ込め」で著名な米外交官ジョージ・ケナンに因む同研究所は、クリミアの出来事が起きた14年以降、ウクライナ政府の支配地域とロシアの支援を受けた「分離主義者」が支配する地域に分かれている両方の地域住民の世論調査を16年から実施してきた。

22年分はウクライナのキエフ国際社会学研究所(KIIS)、モスクワのLevada Market Research(LMR)、英国のR-Research(RR)の3社を使い、KIISとRRが夫々政府支配地域を、KIISとLMRは非政府支配地域(ドンバス「両国」)を担当し、1月14日から17日にかけて4,025人を対象にした電話調査の形で実施された。その概要は以下のようだ。

調査内容は、戦争体験、強制移住、紛争への非難、ロシアが侵攻した場合の計画、政治指導者への信頼などに関するもの。回答者は地政学的な質問に対し様々な見解を示したが、特に印象的なのは、経済的な幸福を政治に関わることに優先するよう求める質問に対する回答だった。

それは多くの人が見過ごすかもしれない危機の一面、すなわち「経済的絶望」を明らかにしている。つまり、ウクライナの経済は繁栄しておらず、一人当たりの国民総所得は90年の約8割に停滞し、かつて産業大国であったドンバス地方の生活水準は、紛争の進行により急落している。

このため、紛争によりドンバス地域の両側(両地域)で、同じように地域内外の強制的な人口移動(数百万人とも言われる)を経験している一般市民は、自分たちの幸福と現状について同じような考え方を持っている。

多くに報道は一般のウクライナ人が地政学的な情熱に無関心に見えるとしばしば指摘し、14年に英国人ジャーナリストは、ドネツク州で27歳の女性にインタビューし「ロシアに住もうがウクライナに住もうが関係ない」、「私が欲しいのは良い給料だけです」と述べたことを報告した。

両地域で今回行った調査では、こういった点にも重点を置いた。すなわち、政治に関わることではなく、一般の人々の経済的な幸福が第一の関心事であるかどうかを測るために。このため質問文は、給与に加えて年金を加えることで、高齢の回答者にも適切な調査となるようにした。

その結果、「ロシアでもウクライナでも、どこに住んでいるかは重要ではない」ことに同意する者が、政府支配地域では51.8%、分離主義共和国では52.6%となり、ドンバスの政府支配地域と非政府支配地域のいずれに住んでいるかにかかわらず、回答者の半数以上がこれに同意した。

一般市民が領土問題にあまり関心がないように見える理由として、回答は社会経済的側面を浮き彫りにする。すなわち、全体の54%が、家族が戦争によって直接影響を受け、犠牲者を出したり、移動を余儀なくされたりしていることだ。

全体の11.5%は食費が不足だと、30.2%が食費は出せるが他の支出はないとするが、貧困層の54%と若年層の59%は「まともな給料さえもらえれば、どの国に住もうが構わない」という意見に同意する。一方、戦争の影響を受けた人々はこれの傾向が46%と低く、どの政府が支配しているかを優先させていることが窺える。

調査は、目下の危機管理外交やメディア報道が、大規模な戦争のリスク、協議の復活や不拡大オプション、地政学的影響圏の物語に夢中なことは理解できるとしつつ、この危機には長い背景があり、独立後のウクライナの不均等な経済発展、特にドンバス地方のような荒廃した工業地帯は、その物語の重要な部分だとする。

そして、地政学や領土問題もさることながら、経済の停滞は紛争地域の一般市民の生活に大きな影響を与える。どのような国旗が頭上に掲げられているかは、彼らの生活における物質的な安定性よりも重要ではないことを、調査は示唆している、と結ばれている。

この調査結果を読んで、筆者は北京に「国安法」を押し付けられた香港で香港人の妻と中国から来たその両親が暮らす、台湾で働く日本人の知人の談を思い出した。香港の彼の家族は泰然自若の体で、「市井でひっそり暮らす分には何ということはない」と言っているとのことだった。ウクライナもそうの様だと良いが。

侵攻は即座に石油や天然ガスを高騰させた。それはプーチンの狙い通りかも知れぬが、「姑息」だ。バイデンがシェールガス大増産に転じ、EUや日本が原発フル稼働に舵を切れば、途端にプーチンの思惑は外れ、国際社会の制裁と相俟ってロシア経済は極めて厳しいものになる。ロシア国民の心も離れるだろう。プーチンはやり過ぎている。