「日本人とユダヤ人」の著者イザヤ・ベンダサンならば言うだろう。「全ての人が同じ意見ならば何かを見落としている可能性があると怪しまなければならない。再度、やり直すべきだ」と。オーストリアの第2都市グラーツで同国与党「国民党」の特別党大会が開催され、カール・ネハンマー首相が党首に選出された。それも524人の党代表が全員「カールに」と投票したのだ。文字通り、得票率100%だった。党大会を生中継していた民間放送のアナウンサーは、「まるで金正恩(総書記)の北朝鮮のようですね」と笑いながら放送していた。
受験者の最終目標は100%、すなわち、満点を取ることだ。女子体操競技でルーマニアのナディア・コマネチ選手が1976年のモントリオール夏季五輪大会で「10点満点」を取った時、実況中継をしていたアナウンサーは驚くと共に、「満点などありえないことですね」と語ったことを今も鮮明に憶えている。人は100%、満点を目指す一方、「それはあくまでも目標で、満点などは考えられない」と一方的に思い込んでいる場合が多い。だから、100%の場合(10点満点)、人は大喝采をする前に驚く。驚いた後、喝采する。決して逆ではない。
過去、100%を獲得した党首はいなかった
グラーツの党大会に戻る。国民党党大会の党首選出の場合、過去、100%を獲得した党首はいない。欧州で最年少の首相になったセバスティアン・クルツ氏の場合、最初の党大会(2017年)の時、98.7%、2021年の時は99.4%だった。限りなく100%に近かったが、満票ではなかった。
オーストリア国営放送の政治解説者はネハンマー氏の「100%」を解説し、「2通りのシナリオが考えられる。一つはネハンマー氏が党の救い主のように受け取られている場合だ。2番目は他の選択肢がない時だ。ネハンマー氏の場合、後者のシナリオが正しいのではないか」と分析していた。
国民党の救世主はクルツ氏だった。クルツ氏は過去2回の総選挙でいずれも第1党となり、党カラーも「黒」ではなく、「水色」に変えた。社会民主党(SPO)のジュニア政党に甘んじることが多かった国民党にとって、クルツ氏は党の救い主だった。その党首が昨年12月、世論調査の不正容疑などでメディアから叩かれ政界を引退した。シャレンベルク外相が短期間、暫定首相を務めた後、クルツ政権で内相だったネハンマー氏に首相ポストが回ってきた。文字通り「他の選択肢がなかった」からだ。ネハンマー党首は100%の得票に「誇りを感じると共に、党員の全てに感謝したい」と率直に述べていた。
ネハンマー氏は党首選出前の演説で、「わたしたちは大きな時代の変革期に直面している。新型コロナウイルスが欧州で席巻し、今年2月24日以後はウクライナ戦争だ。これらの困難を克服するためにはもはや一党、一国だけでは難しい。英国、フランス、ドイツの欧州大国も一国ではそれらの課題をクリアできない」と指摘し、「連立政権のパートナー、『緑の党』と一体化して問題の解決に当たりたい」と述べ、党員に結束を呼び掛けた。
経済問題から環境・エネルギー問題、そして国防問題まで広範囲のテーマについて語った。汗を拭きながら、時には笑顔を振り撒き、「国民党はキリスト教社会主義を党是としている政党だ。すなわち、家庭重視の政党だ」と力説した。
党大会ではクルツ氏と2000年に第3党から第1党に飛躍したヴォルフガング・シュッセル元首相(在任2000年2月~07年1月)らを迎え、国民党の飛躍を宣言した。メディアの関心はクルツ氏の近況報告にあったが、同氏は司会者の質問に答えるだけに留めていた。好対照はシュッセル元首相だ。元首相は、「挑戦し、戦う国民党にならなければならない」と檄を飛ばしていたのが印象的だった。
国民党のドイツの姉妹政党、「キリスト教民主同盟」(CDU)はメルケル政権下で激しい世俗化の波もあって、「キリスト教」の「C]の看板を下ろしてきた。それだけに、国民党が党の看板を改めて掲げることができるかどうか、ネハンマー首相の大きな課題となる。
通常の任期ならば、次の総選挙は2024年秋だ。複数の世論調査によると、社会民主党が国民党を抜いて1党に復帰する勢いを見せてきている。それだけに、国民党は党内の不正問題、腐敗問題を一掃し、再出発しなければ次期選挙は厳しくなる。
一方、社民党は党の結束が難航
一方、社民党の場合、党首パメラ・レンディ=ヴァーグナー女史は党首選で75%の支持に留まった。社民党内に路線の対立があって、党の結束が難しいことが浮き彫りとなっている。
いずれにしても、次期選挙は「100%」の支持で選ばれたネハンマー氏と「75%」の支持に留まったパメラ・レンディ=ヴァーグナー女史との争いになることは間違いない。ネハンマー党首は「次期選挙に向かってがんばろう」と党員に発破をかけていた。既に選挙モードだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年5月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。