日本政府は今何をすべきなのか?:消費税増税によるベーシックインカム導入を

清水 隆司

円安傾向が続いている。食料・エネルギー・工業製品の原材料を海外に大きく依存する日本は今後輸入インフレを免れえないだろう。それどころか、民間給与所得の低迷と相まってなんの手も打たなければ、日本経済は高い確率でスタグフレーションに陥ることになりそうだ。残念ながら、回避するのは難しいように思う。消費者物価指数はすでに9か月連続で上昇しているのだ。

現状を打破する役目は、本来日銀が担う。インフレを抑制し物価の安定を図ることは、中央銀行の最も重要な責務のはずだからだ。だが、日銀は、現在政策金利の引きあげを拒否し、「指し値オペ」を発動させてまで強引に金利上昇を抑えこもうとしている。それがさらなる円安の呼び水になるにもかかわらず。

日銀の金利抑制策が単純に国債費の上振れリスクを恐れてのことなのか、リフレ派の日銀黒田総裁が想定した「インフレターゲット」とは異なるシナリオで目標だった2%のインフレ率に達してしまったことへの拒絶反応なのかは、わからない。当然前者なのだろう、とは思う。

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けれども、リフレ派の政策があきらかに失敗だったことは、もはや隠しようのない事実である。中央銀行にできることには限りがあり、金融政策のみでデフレ・低インフレを脱却することも、ましてや経済成長にまで寄与することなど端から不可能だったのだ。

安倍総理がリフレ派の政策アベノミクスを掲げて第二次政権をスタートさせた時、表立って批判することは、誰にとっても難しかった。名立たるスター経済学者の支持を取りつけていたからだ。アベノミクスの後ろ盾は浜田宏一氏(イェール大学名誉教授)。ノーベル経済学賞受賞のポール・クルーグマン、ジョセフ・E・スティグリッツも支持を表明していた。最初から批判的なポジションを取ったエコノミストは野口悠紀雄氏ぐらいしか思い浮かばない。世の中も、マスメディアも権威に弱いのだ。

念のため、アベノミクスの三つの基本政策を記しておく。「三本の矢」と称されていた。

第一の矢・金融緩和(通貨供給量の劇的増大)
第二の矢・財政出動(公共事業等への政府支出による投資)
第三の矢・成長戦略(イノベーション政策等)

このうち最重要政策が「第三の矢」なのは、誰の目にも明らかだが、実際には経済成長に繋がるような成果らしい成果を生まなかった。必要な規制緩和は行われず、企業の国内投資は進まず、生産性は向上せず、人材の流動化も起こらなかった。つまりイノベーションを促すに相応しい適切な政策は打たれていなかった、と考えるのが妥当だろう。

結局実施されたのは、バブル崩壊後から常態化している財政出動とリフレ派の真骨頂である市中に通貨をばら撒く「金融緩和」という壮大で無責任な実験だけだった。その結果が国債の長期金利上昇に怯える現在の経済状況に行きついた訳だ。多額の政府支出は、産業構造の根本的転換に貢献しなかったばかりか、法人の7割が赤字のうえ、労働力不足でもある日本において「ゾンビ企業」の延命を助け、望ましくない形で雇用を生みだしてしまった可能性がきわめて高い。

日銀は、営業日中金利0.25の指し値オペを継続する、と宣言し、事実上インフレを黙認する姿勢を明確にした。そうなると、インフレ対策は政府の仕事ということになるが、はたして効果的な選択肢はどれくらいあるのだろうか。

日本をMMTの成功例と見做す人がかなりの数いる。提唱者ステファニー・ケルトンの発言を援用している場合が多いが、彼女の主張は若干誤解されて日本国内に流布しているようだ。彼女は日本をMMT政策の実践国とは考えていない。ただ、主流経済学では対GDP比256%の債務を有しながらインフレとも破綻とも無縁であることを説明できないが、MMT理論に拠れば、それが可能になる。ゆえに、日本は実質的にMMT理論を体現している国、というのがどうやら彼女の発言の本意らしい。

仮に彼女の指摘通り日本がMMT国家で、日銀が引きつづきインフレ対策を放棄した場合、国にできる物価抑制に効果的な処方箋は、消費税増税になるのだろうか。『ミスター検討中』こと岸田総理に決断できるとはとても思えない。加えて、日本には消費税の逆進性を強調し、敵視する勢力が一定数いる。

10日、左翼政党4党が「時限的消費税減税法案」を共同提出した。社会保障制度改革と一体なら理解できるが、そんな提案は一切なし。参議院選目当ての露骨で恥知らずなポピュリズム政策にすぎない。実際に導入されれば、経済成長がない中、税収減は確実で、日銀の債務をさらに悪化させることになり、長期的にはハイパーインフレのリスクを増大させる。

消費税増税でインフレを抑制しつつ低所得者救済を同時に行う妙案がないか考えていたら、自民党の総裁選を思い出した。岸田総理の対抗馬(結果は驚くほど不人気だった)河野太郎氏が掲げた政策——「消費税を財源にしたベーシックインカム(以下BI)導入」は使えないだろうか。

河野氏案では無年金になりそうな高齢者限定だったBI制度を低所得者全体にまで広げる。国民一律に配るのがBIだから、厳密にはBIというよりミルトン・フリードマンの「負の所得税」に近いが、理屈は同じだ。

低所得者に関する一般的定義はない。そこで、たとえば年収300万円以下の就労者と仮定すると、民間給与所得者のうち凡そ40%がこれに該当している。これらの人びとに国民年金の平均受給月額約5万円を支給する。生活保護・雇用保険・所得控除、さらに加速度的人口減少で事実上制度破綻確実な賦課方式年金も廃止(規納付分は適宜分配)して、すべてをBIに集約する。

課題は、政府が国民の正確な年収と資産を把握し、一向に普及しないマイナンバーに紐づけすることになるだろうか。SNSでプライバシーをたれ流しながら、個人情報保護を訴えてマイナンバーを拒絶する者はいっそ社会保障制度から排除してしまえば良い。

コロナ禍を経て、国民の一部に貧困が広がっている。特に女性の窮状は深刻なようだ。場当たり的なバラマキではとうてい対処できないし、岸田総理が胸を張る大仰な政策「新しい資本主義(理解不能)」でも救済は不可能だろう。

アゴラ編集部の恐ろしい記事「日銀が屈するまで国債を空売りする」とヘッジファンドが宣言を読んだ。だが、日銀が国債の長期金利を連続的に0.25%にしイールドカーブ・コントロールする、と公表した時点でこの展開は容易に想像できていた。

なにしろかならず0.25%の金利を上乗せして購入してくれるのだから、国債を市場で売りあびせ、値崩れさせた後に安く買って、日銀に売れば、収益が上がる。非常にローリスクのマネーゲームなので、いろいろなヘッジファンドが便乗してくる危険性は高い。金利が日銀の指し値0.25%をあっさり超えてしまったのも衝撃だ。

財政フリーランチの終わる日が近づいている。国民は、脱リフレ、脱MMTが必須になる局面を経済通とは到底思えないうえ、意思決定にも欠ける岸田総理に委ねることになりそうだ。このうえは、岸田政権が適切且つ効果的な政策を果敢に打つよう祈るしかない。消費税増税による低所得者向けBIもその有用な選択肢のひとつになり得るはずだ、と個人的には信じている。

清水 隆司
フリーライター。政治・経済などを取材。