※編集部注:前日の同タイトル(上)の続きです。
■甘すぎる経済前提
今回の試算の最大の問題点は、やはり、今後100年近い経済前提として、運用利回り4.1%、賃金上昇率2.5%という「バラ色のお花畑シナリオ」が置かれていることである。現在のように、マイナスの利回り、デフレ経済が続く状況では、試算内容は大幅に見直さなければならない。
例えば、2075年までに7.1%という消費税率についても、非常に経済成長率が高く、消費税1%当たりの税収がどんどん増えるという前提での計算結果であるから、実際にはもっと高い消費税率となると思われる。ざっと計算しても、消費税率10%を超えることも十分に考えられるのではないか。
また、所得比例年金も4.1%の運用利回りでなければ、試算のような給付額にはならない。それでも、現行の年金制度よりも、民主党案の給付額はおおむね低いのであるから、運用利回りがもっと低ければ、かなり給付額が低くなるだろう。もしくは、保険料率15%を将来的に引き上げざるを得なくなる可能性がある。
ところで、何故このような甘い経済前提を置いているのかという質問に対して、民主党の大塚耕平議員や桜井充議員は、自公政権下の試算と比較するために、あえて自公政権と同じ非現実的な前提としたと言っているが、これは論理的な言い訳になっていない。
確かに、運用利回り4.1%などの甘い前提が出てきたのは、自公政権下における2009年の財政再検証である。しかしながら、「100年安心プランは成り立っていない」と、甘い経済前提を批判して政権を取ったのにもかかわらず、政権交代後、その甘い前提の上に胡坐を書き、2年半も放置してきたのは、他ならない民主党である。
もし甘い前提だと思うのであれば、現行の100年安心プランがいったいいつまで維持できる制度なのか、厳しい経済前提で計算し直すことは、民主党にはできたはずなのである。自民党、公明党に責任をなすりつける時期は、もうとっくに過ぎている。民主党が責任をもって、現行制度と新年金制度の両方を、現実的な経済前提のもとで計算し直すのが筋である。
■民主党案で、低所得者対策が改善されるか?
さて、民主党の年金改革案の「売り」は、(1)最低保障年金によって所得再分配を行い、低所得者対策をする点と、(2)保険料率が15%で将来も固定される所得比例年金を導入することにより、現在の若者や将来の世代の負担を引き下げ、年金の世代間格差を是正することになる、という2点である。
今回の試算によって、それはどの程度達成されると見込めるのだろうか。
まず、所得再分配という点であるが、これは今回の制度設計通りに事が進むのであれば、かなり前進するということが言えよう。しかしながら、問題はこの試算の通りに現実が進むかどうかということである。
最大のハードルは、これまで国民年金に加入していた自営業、農林水産業の人々の所得把握の実現性である。俗にクロヨン(9:6:4)、トーゴーサン(10:5:3)などといわれているように、わが国の自営業、農林水産業従事者の所得把握率は非常に低いが、このままの状態で民主党案に移行すると、実は大変なことが起きてしまう。
つまり、最低保障年金は所得比例年金が低ければ低いほどたくさん受け取ることができるから、所得を低く偽ることで、自営業、農林水産業従事者は大きく得をすることができるのである。
極端な話、所得ゼロと申告すれば、最低保障年金は、まるまる満額、負担無しで全額を受け取ることが可能なのである。その一方で、実際にあった所得の中から、銀行預金や個人年金で貯蓄を運用しておけば、公的年金よりもはるかに利率の良い老後資産が蓄えられることになる。
現在、そうした動きが起きないのは、彼等が加入する国民年金が、定額負担、定額給付であるからである。つまりは、嘘をついても負担は減らず、給付は増えないので、何の得にもならないからなのである。それでも、未納・未加入率は非常に高く、満額まで保険料を納付するものは極めて少なく、自分で貯蓄や個人年金に加入する人々が多い。
それが嘘をついたほうが得という仕組みになれば、その動きは益々加速し、最低保障年金への「ただ乗り」が広範に起きることは想像に難くない。民主党が進めようとしている国民共通番号制導入(マイナンバー制度)や歳入庁(国税庁と社保庁の合併)によって、所得把握をどこまで厳密にすることができるかが、まず年金改革実現のための前提条件である。
しかしながら、この面での歩みは極めて遅い。特に、歳入庁は財務省が猛反対をしているため、政権交代後2年半経っても、全く手つかずの状態で放置されている。国民共通番号制はやや進みつつあるが、それもそのはずで、いちばん肝心な貯蓄・資産の把握が抜けている「骨抜き案」となっている。これでは、いくら良い年金制度であっても、まさに「絵に描いた餅」、「砂上の楼閣」である。
■民主党案で世代間不公平は改善するか?
もう一つの世代間格差の是正についてはどうだろうか。これは厳密に現行制度と比較するためには、1~2カ月かけて新しい年金数理モデルをつくり、計算を行う必要がある。私一人では到底その暇はないが、しかしながら、今回の試算からわかる範囲でも、世代間不公平について大した改善が行われていないことは容易に想像できる。
まず、所得比例年金については、確かに保険料率15%で固定されるのであれば、現在のようにどんどん保険料率が引き上がってゆく制度よりは、世代間不公平の改善が期待できそうに見える。
しかしながら、そのために、給付額が少子化の進展を反映してどんどんカットされてゆく仕組みとなっているから、給付額が将来ほど下がると言う意味で、やはり世代間不公平はかなり残りそうである。
また、最低保障年金にかかる消費税率についても、将来ほど、どんどん引き上げられるような制度設計になっているから、この面における世代間不公平が発生する。両者合わせると、現行制度の世代間不公平と大きく変わることにはならないように思われる。
細かい点は、今後明らかになってくる情報も含めて、詳細に評価を行う必要があるだろうが、今回の試算をざっと見た限り、上に書いてきたように、民主党案はあまり評価できる内容ではない。
編集部より:この記事は「学習院大学教授・鈴木亘のブログ(社会保障改革の経済学)」2012年2月13日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった鈴木氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方は学習院大学教授・鈴木亘のブログ(社会保障改革の経済学)をご覧ください。