貸し手責任--池尾和人

池尾 和人

先の記事に対するコメントとして、債務者監獄を提案するようなものがありました。また、池田さんも、「消費者金融については、浪費癖をコントロールできない債務者には金を止めるしかないという論理も成り立ちますが、中小企業が浪費のために資金を借りることはありえない。」と書いています。これらをみると、借り手側に問題の所在があると理解されているのだと思われます。こうした理解は、きわめて常識的なもので、過去の私の経験からも、ほとんどの人が普通はそういう考え方をするようです。しかし、これは問題を考えるフレームとして正しくはありません。


カネを借りることを職業としている人は(一部の詐欺師を別にして)いません。他方、カネを貸す方は、それを職業としています。要するに、借り手はアマで、貸し手はプロだということです。実際、貸し手の方が普通は金融の知識や交渉力の面で借り手よりも優位にあります。そうだとすると、「法と経済学」の基本的な考え方からすると、問題解決の責任を貸し手側に配分することが効率的だということになります。

返せる当てもないのにカネを借りるのは、不道徳なことです。では、通常の形で返せるはずのない者にカネを貸すのは、どうでしょう? 職業倫理としてプロの貸し手は、返せる見込みのある者にしかカネを貸すべきではありません。返せるという判断をした者にだけ貸し、もし返せないということになったとしても、それは自分のみる眼がなかったとして、限度を超えた取り立て行為は行わない。これが「貸し手責任」ということです。

貸し手が、この意味での貸し手責任を全うしていれば、借り手がどれほどいい加減で、非合理な行動をとるような者であったとしても、問題は起こらないはずです。浪費癖をコントロールできないような者にカネを貸す貸し手というのは、どういう存在なのでしょうか。そうした者が悪意のない存在といえるのでしょうか。愚かな借り手も少なくないし、最初から踏み倒すつもりでカネを借りようとする者もいます。しかし、職業として金貸しをやっているということは、そうした借り手の特性を見極めて、貸すべき者には貸すが、貸せない者には貸さないということのはずです。

借り手が悪いかのようにいうのは、貸し手のプロとしての立場を自覚しない者です。行動経済学的なバイアスのある愚かな貸し手につけ込んで、利益を上げるのは、プロからすれば、赤子の手をひねるようなものでしょうが、そういうことをするというのは、プロとしての品格を捨てている(外道だ)ということです。問題の所在は貸し手側にあるというフレームで、問題を考えてみて下さい。

コメント

  1. disequilibrium より:

    池尾さんの記事について、否定的なコメントが多いような気がしますが、私は池尾さんの記事に肯定的で、

    価値創造的な商売については、規制を減らし、競争促進すべきだと考えるのですが、価値破壊的な商売については、規制が必要だと思います。

    貸金業の場合に当てはめると、価値破壊的な取立てを行わなければ成り立たないような、高リスクな融資は、少なくとも非合法にすべきなのではないでしょうか。

    闇金などに流れるというのも一理あるのですが、少なくとも借り手側は、非合法の闇金からは借りないという常識的な選択ができます。

  2. hogeihantai より:

    池尾さんは、サラ金の審査はリスクの識別に重きを置いていないと非難されますが、そもそも彼らのビジネスモデルは普通の銀行と違い、債務不履行の統計的、確率的なモデルを使ったもので、損害保険、生命保険の保険料率の決定と似たような手法で貸し出し金利を決めています。

    小口の融資の審査に手間隙かけると、そのコストは最終的には金利に跳ね返り、大多数の顧客の利益にならないと思います。気違いに刃物と言いますが、金物屋に、包丁を売る時は客の精神鑑定をしろとは言いません。それを義務付ければ1000円の包丁が10000円になってしまいますよ。債務不履行の最大の原因は高金利にあるのですから、審査の強化は角を矯めて牛を殺すことになりかねません。

  3. kichidens より:

    確かに、貸し手側の責任も大きいと思います。

    一方、借り手側となる消費者にはお金の教育がされていない。浪費癖があるいう人もいますが、金の有効な使い方について最低限の教育を学校などの教育の現場でもしていく事が必要だと思われます。
    ドラッグの恐怖くらいにクレジットカードなどの恐怖はあるのに詳しく知ったのは自身がその債務に追われてからでした。

  4. kazikeo より:

    kichidensさん。もちろん借り手がしっかりしていれば、結局自分が損することになる取引(略奪的貸付)を受け入れるはずがないので、問題は生じないといえます。しかし、「みんなが合理的に行動することを勝手に仮定したらいけないわけです」(池尾・池田本のp.220における池田さんの発言)。そうしたときに、本文に「法と経済学」の基本的な考え方と書きましたが、「最安価損害回避者」に問題解決の責任を負わせるという対応が望ましいと結論づけられます。そして、いまの場合の最安価損害回避者に当たるのは、職業として金貸しをやっている方だろうということです。

    なお、「多重債務問題改善プログラム」では、?相談窓口の整備・強化、?セーフティネット貸付の提供、?金融経済教育の強化、?ヤミ金の撲滅に向けた取締りの強化、を4本柱としており、ご指摘の教育も重視しています。
    --池尾

  5. satahiro1 より:

     
    金融を生業にする人々は次のように考えるかもしれません。

    >ヤミ金の中には、
    >他が貸さないから、貸してあげている。
    >むしろ感謝されるべきだ。
    >と考えているところもあるはずです。

    >>自己破産の要件は緩くする一方で、(借り手に)刑事罰を科すことにしてはどうなのでしょう。
    >>取り立てが債務者にとって自殺するほど苦しいことなら、(借り手は)数年の懲役(を)受け入れられるのではないでしょうか。
    >>そもそも、借りた金を返さないのは、窃盗と変わるところがない(不道徳で罰せれるに値する)ので、刑事罰を科すのは、所有権の保護ともいえます。

    しかし、貸し手と言う優位に立つ者が、(多少は邪悪で、愚かであっても非力な)借り手に、その咎をすべて負わせることは”中小企業金融”と言う商ビジネスを論じる際には無理がある、のではなかろうか?

  6. satahiro1 より:

    池田信夫氏
    >中小企業金融というのは、基本的にハイリスク融資であり、かなりハイリターンでない限り、事業としては成り立たない。商工ローンのようなノンバンクは、(中小企業に)つなぎ資金を供給して黒字倒産を防ぐ安全弁の役割を果たしていたのです。
    >ところがノンバンクをサラ金と一緒ににつぶしたことによって、金利の期間構造(短期と長期の金利の相関)にゆがみが生じて、ローリスク・ローリターンの大企業金融と超ハイリスクの闇金融しかなくなり、まんなかの年利15~30%のミドルリターンのビジネスが成り立たなくなってしまいました。このゆがみを是正せずに安易な強権発動をしても、問題はかえって悪化するだけです。
    >「貸し渋り防止策」の…結果、何が起きたでしょうか。
    >銀行は金融庁の顔を立てて中小企業融資の残高を維持するため、資金需要はなくても安全な中小企業に融資をシフトし、危ない中小企業からの資金回収は「貸し剥がし」として非難を浴びるため、公庫融資などに押しつけて逃げた。

    >その結果、大量のゾンビ企業と政府系金融機関の膨大な赤字が生じ、不良債権問題は長期化したのです。

  7. カクガク より:

    実際の話、武富士とか取立てで業務改善命令を去年だされていたようなきがします。「記憶がただしければ」2003年でしたっけ?あのときだけの問題ではないと思います。今起きている、グレーゾーンの問題や貸金の規制の問題とは別に考えるべきであって、悪質なのは事実です。永遠に利子だけ払っているお馬鹿さんもたくさんいるのではないですか?根本的な企業のありかたに問題があると思っています。貸すほうの責任は重大です。でも、今のノンバンク系に対する国の扱い方は酷いし、モラトリアムも意味わからない。

  8. hanayos より:

    池田氏のは性善説で
    池尾氏のは性悪説なんでしょう

  9. oil_king より:

    中小企業金融が適正にその機能を果たしていれば

    >商工ローンのようなノンバンクは、(中小企業に)つなぎ資金を供給して黒字倒産を防ぐ安全弁の役割を果たしていたのです。<
    これはノンバンクではなく中小企業金融が果たしていたのでは?
    >資金需要はなくても安全な中小企業に融資をシフトし
    こんな事も起きない

    「モラトリアム」は、悪意のある人が言うような「借金棒引き」ではないし、金利負担も増えず、倒産コストも拡大しない分、従来の「政府保証付きの融資枠拡大」政策に比べれば、はるかに良い政策だと思う。
    そもそも、金融機関は適切なリスクテイクを放棄し、国の軒先で商売しておきながら、こんなことでガタガタ文句言う立場ではない。と思います。

  10. oil_king より:

    一言、言い忘れてました;

    ゾンビ企業を作ったのも政府の責任ではなく、金融機関にあると思います。