玉川発言問題の本質

テレビ朝日本社社屋
出典:Wikipeida

9月27日に行われた安倍元総理の国葬儀の翌日、テレビ朝日(以下、テレ朝)「羽鳥慎一モーニングショー」のコメンテーター玉川徹氏が、国葬儀には「当然これ電通が入ってますからね」などと発言したことが論議を呼び、玉川氏は翌29日、「国葬に電通の関与していた」というのは「事実ではなかった」と訂正し、謝罪した。

その後も玉川氏が10月4日まで出演し続けていたことやテレ朝の処分が玉川氏の出勤停止10日間(他に関係者2名の譴責)だったこと、また30日にはYouTube番組で自民党の西田昌司議員がテレ朝を「放送法違反」と述べたことなどもあり、処分の軽重やテレ朝の姿勢などを問う議論が後を引いている。

が、筆者はこれらの議論の多くが、玉川氏が「国葬に電通の関与していた」との「事実ではない」ことを番組で述べたことや、それに対するテレ朝の処分の在り方などに矮小化されてはいまいか、との疑義を懐いている。つまり、玉川発言の問題の本質はもっと深いところにあるのではないかということ。

その「本質」論に入る前に玉川発言を見ておこう。「ヤフーニュース」の「文字起こし」を用いたが、長い全文は原典をお読み願うとして、問題の箇所を以下に引用する(以下、本稿中の太字は筆者、敬称略)。

玉川:僕は演出側の人間ですからね。テレビのディレクターをやってきましたから。それはそういう風に作りますよ、当然ながら。政治的意図がにおわないように、それは制作者としては考えますよ。当然これ電通が入ってますからね。

安部:これはわからないですよ…

羽鳥:いや、そこまでの見方をするのか、それともここは本当に自然に言葉が出たのか、見方はいろいろ…

玉川:いや、菅さん自身は自然にしゃべっているんですよ。でもそういうふうな、届くような人を人選として考えているということだと思うんですよ。

安部:玉川さんがこれ言っているのが面白いと思うんですよね、僕はね。テレビっていうある意味そういう仕組みじゃないですか。

玉川:そうそう…

安部:テレビっていうのは番組をみてそのコンテンツの間に広告をはさんでビジネスが成り立っているわけですから、広告の話っていうのは、ある種国葬的な政治利用の観点に近いような構造があったりするんだと思うんですけど、その上でたぶん、そこのところは多くの人が鼻がきくようになっているんじゃないかというのが僕の考え方なわけですよ。どうですか、それは。

玉川:まあ、それは演出家の考え方でね。

以上のやり取りの太字部分にこそ玉川発言問題の本質がある、と筆者は考える。なぜなら彼が事実誤認を認めた「当然これ電通が入ってますからね」の部分は誰にでもある思い違いや勘違いの類であり、訂正、謝罪もしたのに許さないという法はない。が、太字部分は、玉川氏が図らずもテレ朝の日頃の番組制作姿勢をもろに語ってしまったように思われ、とすればこのテレ朝の姿勢は看過し難い。

なぜなら、「政治的意図がにおわないように・・作る」との言い回しは「実は政治的意図をもって・・作る」とコインの裏表だ。ならば太字部分を「テレビのディレクターは演出側の人間として、政治的意図をもちながらもそれがにおわないように、つまり制作者としては演出家の考え方で、番組を作る」と言い換えることが可能だ。

ワイドショーのコメンテーターの発言は番組制作者が書いたシナリオに基づいている、とは巷間これまでいわれてきたことだが、バラエティー番組などでは当然のこととしても、情報番組や報道番組の側面を持つワイドショーではまさか、と考える視聴者は少なくなかろう。が、前記の発言は玉川氏がその場の勢いでついそれを明言してしまったように筆者には見える。

10月25日の定例会見でテレ朝の篠塚社長は、玉川氏に対する今後の期待について「やはりですね、そもそもディレクターなわけです。これまでもきちんと取材してきましたが、毎日の放送だとどうしても電話だったり、仲間の取材を集めることであったり、なかなか現地で取材する時間もとれなくなっていた」などと述べた。

後に続く文章と「そもそもディレクターなわけです」との脈絡が判りづらいが、察するところ玉川氏は「そもそも取材側の人間ではなく、番組制作側の人間だ」といいたいのだろう。とすると、事実誤認や舌禍事件をしばしば起こす制作側の人物を、なぜ今後もコメンテーターとして使い続けるのかという疑問が湧く。

筆者はそこに視聴率のためなら事実すら曲げかねないテレ朝の番組制作姿勢を見る。基本的にテレビを見ない筆者だが、興味を惹く出来事があった翌朝には、玉川氏がどのような論旨で「またか」と思える発言をするか、一種の「怖いもの見たさ」でモーニングショーを見ることがある。周りにも同好の士が少なくない。

テレ朝の篠塚社長はこの6月29日に、社長兼任だった早河会長を継いで社長に就任した。なぜ早河会長が社長を兼任していたかといえば、前任の亀山社長が不祥事の責任をとって辞任したからだ。2月10日のリリース「当社代表取締役社長辞任について」には以下の「異動の理由」が書かれている。

当社では、2021年8月以降、スポーツ局の社員・スタッフによる不祥事が連続して発覚したことを受け、同年12月、再発防止策を策定する目的で、当社役職員によって構成される「役職員の業務監査・検証委員会」(以下「検証委員会」といいます。)を設置し、コーポレートガバナンスの観点からスポーツ局のガバナンスを中心に監査・検証いたしました。その過程で、スポーツ局統括でもある亀山氏の業務執行上の不適切な行為が明らかになったため、亀山氏本人及び社内関係者の事情聴取、伝票等の関係書類の精査を実施しました結果、以下の事実が確認されました。以下省略

だがこのリリースには、前年10月21日に「大下容子ワイド!スクランブル」(以下、スクランブル)が、番組制作過程で捏造行為があったことを謝罪した件については一言も触れていない。「日経」は謝罪のあった晩に「想定質問であるのに架空の視聴者の年代、性別などの属性を作り上げて放送していた」との共同電を報じているから、紛れもない捏造事件なのに。

亀山氏が辞任して20日後の3月9日、放送倫理検証委員会(BPO)は「テレビ朝日『大下容子ワイド!スクランブル』視聴者質問の作り上げに関する意見」(以下、意見書)を公表した。

意見書に拠れば、「番組の前半で当日のテーマを視聴者に伝え、放送中に番組ウェブサイトなどで受け付けた質問を番組終盤で紹介し出演した専門家らが答えていた」が、「番組スタッフが作成した質問」を放送したケースが多数含まれ、「実際の質問を使用した場合も、文章の表現を修正したケースでは、クレームを避けるためとして投稿者の属性を書き換えて架空の属性で放送していた」という。

テレ朝が21年11月5日にBPOに提出した報告書によると、20年10月から投稿者の属性書き換えが始まり、問題が発覚する21年10月までの13ヵ月間に放送された293の質問のうち、視聴者の属性書き換えたが27問、スタッフが作り上げた質問を視聴者からの質問であるかのように装ったケースは104問に上っている。

意見書は「視聴者の質問や意見を番組が作ることは世論の誘導にもつながりかねず、放送倫理違反の疑いがある」とし、議論を重ねた結果、「日本民間放送連盟の放送基準の『ニュースは市民の知る権利へ奉仕するものであり、事実に基づいて報道し、公正でなければならない』や『ニュースの中で意見を取り扱う時は、その出所を明らかにする』に反している」として「放送倫理違反があったと判断」している。

こうした不祥事が亀山社長の辞任に影響していないとはとても考え難い。が、公表された辞任理由は前述の様であり、テレ朝の社長定例会見サイトを見る限り、亀山社長の辞任会見も行われていない。

意見書の「放送に至る経緯と問題の発覚」の項には、これに関係した12人の内、テレ朝社員は番組全体に責任を持つチーフプロデューサー、プロデューサー、アシスタントプロデューサーの3人で、他の9人は制作会社X社社員とそこへの派遣社員と書いてある。

が、このX社がテレビ朝日映像であることは、スクランブルが謝罪した直後の21年10月26日に当時の亀山社長が、テレ朝社員3人の処分の共に「直接番組制作を行ったテレビ朝日映像でも当該者に然るべき処分が行われたと聞いている」と会見で他人事の様に述べていて公知のこと。だのになぜBPOがX社などとするのかにも首を傾げる。

このテレビ朝日映像の社長は、テレ朝「報道ステーション」のエグゼクティブ・プロデューサーをだった 若林邦彦氏。スクランブルに携わっていたのは約120人で、社員20人のほか派遣スタッフやフリーのディレクターらがいた。それを束ねていた「A総合演出」が質問捏造の主犯で、疑念を懐いた配下の「Bディレクター」が質問ペーパーに「-」の印を付けていたことが調査に役立ったと意見書は記している。

意見書は、「制作チームの幹部たちには、同局朝の情報番組「モーニングショー』と差別化し、エッジの効いた番組という特徴を打ち出す狙い」があったとも書いている。ここを読んで筆者は、14年12月に公表された慰安婦報道などに関して調査及び提言を行う「朝日新聞社第三者委員会」の報告書で、岡本行夫委員が次のように指摘していたのを思い出した。*

当委員会のヒアリングを含め、何人もの朝日社員から「角度をつける」という言葉を聞いた。「事実を伝えるだけでは報道にならない、朝日新聞としての方向性をつけて、初めて見出しがつく」と。事実だけでは記事にならないという認識に驚いた。 だから、出来事には朝日新聞の方向性に沿うように「角度」がつけられて報道される

テレ朝は、亀山社長退任に係る一連の会見でこの「スクランブル事件」をスルーしたばかりでなく、10月4日の社長定例会見では、「元総理の国葬も世論が割れる中、先週27日に開催された。テレビ朝日では『大下容子ワイド!スクランブル』を拡大し、賛否両論を紹介しながら国葬の模様を中継するとともに、今後これらに関連する政権の課題などについて解説した」と自画自賛した。

こうして朝日新聞を頂点とする、テレビ朝日、テレビ朝日映像というメディアグループに纏わる一連の不祥事、調査報告や経営幹部発言を振り返るとき、玉川発言問題を単なる事実誤認として終わらせ、その根底にあるこのグループの体質という「本質」に迫らずに済ませて良いのか、との思いが強く湧く。

【主な資料】
テレビ朝日社長定例会見サイト
BPO「テレビ朝日『大下容子ワイド!スクランブル』視聴者質問の作り上げに関する意見」
(慰安婦報道などに関する)「朝日新聞社第三者委員会」報告書