米国の対中追加関税、玉川徹氏「米国民が払う」は正しいか?

高橋 克己

羽鳥慎一モーニングショーはパネルのニュース解説が比較的丁寧なので良く見る。無論、バイアスが掛かっているのは承知の上だ。が、テレ朝社員でレギューラーコメンテーターの玉川徹氏は、筆者とは主義こそ異なるが、少々天邪鬼で執拗なところなど結構似ているかも、と常々憎からず思っている。

羽鳥慎一モーニングショー公式FBより:編集部

その玉川氏、5月10日の番組では今回米国が中国に対して課すに至った追加制裁関税15%分について、「国民が払うんでしょう」とコメントし、上がった分は結局は米国民の負担増になるのだから、何でこんなことをするのか理解できない、ときっと続けたかったらしい様子を滲ませた。

この発言、確かに一理ある。しかし一理しかない。図らずもこの発言は、彼に一連の米中対立の理解が不足し、問題を皮相的にしかとらえていないことを露呈したと筆者は思う。それを具体的にいえば、一つ目は関税の理解、二つ目は引き上げに伴う米国国民への影響、そして三つめは米国の真の狙いだ。

米中貿易交渉に出席したムニューシン米財務長官(左)、劉鶴中国副首相(中)、ライトハイザー米通商代表(South China Morning Postより引用:編集部)

先ずは関税。筆者とて専門的な知識がある訳ではないが、関税自主権の重要性や関税の目的が財政収入と自国産業保護にあることくらいは知っている。日本や中国や朝鮮の近代史は、砲艦外交によって列強に結ばされた不平等条約の一つである関税自主権を取り戻す歴史だったといっても過言でない。

その関税自主権に基づいて設定した関税から得られた収入を国家は財政の原資にする。ちなみに日本は発展途上国と異なり、関税収入は国税のわずか2%程度の1兆円弱とされる(但し、輸入品に係る消費税を含めると5兆円ほど)。これは、農畜産品以外の工業製品がほとんど無税に近いことによる。

そして重要なのが、関税を掛けることによって輸入品が国内市場を席巻することを抑制し、自国の産業を保護して育成する機能だ。それは輸入品の価格を高くして輸入量を減少させ、それまで高コストゆえに輸入品と競争できなかった国産品の生産販売を増大させることを狙いとする。

次に米国民への影響。これは自国産業の保護育成機能と大いに関係する。普通は卸値を下げるが、仮にそうしない場合について、判り易い(かどうか自信がないが)例えに置き換えて考えてみたい。

今回の追加制裁関税15%は22兆円分の輸入品が対象とされる。これが現状の関税10%を含むものかどうか定かでないが、ここでは10%を含んでの22兆円と仮定し、それを単価が2.2兆円(2x110%)の10種類の製品と置いてみる。

報道によれば15%upの対象となる製品は家具や家電などのようだから、現状でもこれら10種類の製品それぞれに、価格が2.3兆円と少し高いベトナム品と、価格が2.4兆円と大分高い米国国内品が市場に存在すると仮定する。両方とも中国品より高いので今までほとんど売れていない。

今回中国品に15%の制裁関税が追加されると価格はそれぞれ2.5兆円(2x125%)になるので、ベトナム品にも米国品にも価格競争力が出て来る。その結果、10種類の製品の内、3種類だけは25%関税の中国品が売れ続けるものの、5種類はベトナム品が売れ始め、2種類は米国製品が売れるようになると仮定する。

その場合、22兆円だった米国民の支払い額はどうなるか。中国品に2.5x3=7.5兆円 ベトナム品に2.3x5=11.5兆円、そして米国品に2.4×2=4.8兆円が支払われ、その合計額は23.8兆円で22兆円と比べ1.8兆円増える。よって25兆円になって米国民の支払いが3兆円増える訳ではない。これが一つ重要。

そして何より見落としてはならないのは米国製製品の復活。これこそ自国産業の保護育成目的の発揮といえる。つまり4.8兆円分の米国製品の売上に見合う付加価値が米国に創出されるのだ。それは雇用創出による従業員所得と企業の利益増加を意味する。トランプは繰り返しこれをいうので、日本企業も米国での生産を増加させるし、鴻海精密の郭台銘も米国への投資を表明した。

付加価値とは極々簡単にいえば売上高から変動費(数量の増減に比例し増減する原材料費やエネルギー費など)を引いたもの。対象品が家具や家電だからここでは低めに見積もって仮に25%としても、創出される付加価値額は1.2兆円(4.8x25%)になる(変動費が米国で調達されるなら応分の付加価値が増えるが煩雑なのでネグる)。

勿論、関税が25%になっても10種類の中国品がそのまま売れ続けることになれば、玉川氏のいうように15%の関税増加分3兆円(2.x10x15%)は米国民が支払う。が、この3兆円にしても決してトランプ大統領の懐に消える訳でないことをお忘れなく。

それは、一旦は米国の国庫に入るものの、国民に対して種々のサービスやあるいは減税などの形で戻って来るからだ。つまり、対象製品の購入者の負担増分がそのまま米国財政の収入増となって、米国民全体に広く薄くばら撒かれる。それはそれで結構なことだろう。

最後は今回の追加制裁関税の米国の真の狙い。これは古森義久氏の軒をお借りした5月10日の筆者の投稿「トランプがんばれ!米国が設置した「危機委員会」の声明を読む」に書いた米国の危機委員会(CPDC)の活動ぶりと4月2日の声明に述べられていることを読めば明らかだ。

表向きは米国が貿易と経済で中国に好き放題させてきた過去を改めることにある。が、真の狙いは中国共産党一党独裁体制の崩壊に相違いない。声明が「習が舵取りをしようとしまいと、中国共産党が権力を握っている限り、その政権は米国の破壊をその中核の目標として持つだろう」と断じていることが何より雄弁にそれを物語る。

だからトランプ大統領はこの問題の解決を急がないのだろう。米国民に支持を訴えて根気強くこの問題の根本解決を図ろうとしているように筆者には見える。それは国連の制裁決議を各国に厳に守らせ、北朝鮮の糧秣が尽きて金正恩が白旗を揚げるのを待っているのと同様だ。

以上によって玉川徹氏の述べた「国民が払う」がかなりいい加減であると知れる。マスメディアのコメントとして正しいといえない。今後はよくよく勉強してから発言して欲しいと願う。

高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。