漢方生薬の国内自給率は10%程度に過ぎない。80%以上を中国から輸入している。
風邪に対してよく用いられる葛根湯には、葛根、大棗(タイソウ)、麻黄、甘草(カンゾウ)、桂皮(ケイヒ)、芍薬(シャクヤク)、生姜(ショウキョウ)などが含まれている。臨床現場で利用されている漢方薬も増えてきているが、漢方生薬の国内生産比率は全く増えていない。
十年以上前から、この低い自給率は問題視されているが、なぜか全く増えていない。中国での生産を増やして対応する動きもあったが、レアアース問題を考えれば、リスクの高過ぎる。11年前にこの課題を聞いた時に、「需要が減る一方のタバコの代わりに薬用植物を作れないのか」と提案したこともあるが、今でも、どうしてこれが進まないのかと不思議だ。
当時は日本での生産はコストが高いのでとの理由だったが、経済の低迷と円安で、コストの差はそれほど大きくないはずだ。中国で急速にコロナ感染症が拡大する中、漢方薬供給不足が現実になる日が遠くないと憂慮している。
医薬基盤・健康・栄養研究所の理事長に就任して、この研究所には名寄・つくば、種子島の3か所に薬用植物センターがあり、4000系統の種子の保存をしていることを初めて知った。認知度を高める方策をしていなかったことも問題だが、私自身、このレベルの知識しかない人間が理事長を務めていいのかと疑問に思う。今は、この重要性を国に訴えかけることが私の仕事だと思っている。
がんの話をする時に「がん種によって、特定の臓器に転移しやすいのは、種と畑の関係のように相性が影響する」と言っていたが、3か所の薬用植物センターで栽培できる植物は、寒冷地の名寄と温暖な種子島では大きく異なり、まさに畑と気候が大きく影響する。もちろん栽培方法も乾燥させるプロセスも大切で、それによって有効成分の含有量も違ってくる。
また、植物から抽出したエキスは、薬剤のスクリーニングに応用できるので、薬用植物センターの役割は大きい。国策として薬用植物生産は重要なので、経済安保の一環として、薬用植物の収集・維持・保存・栽培を取り上げて欲しいと訴えたわれわれの願いは一蹴された。安保どころか、われわれがアンポンタン扱いされるような塩対応だった。
この国では多省庁にまたがることはたいていこのような扱いだ。薬物は厚生労働省、植物は農林水産省である上に、タバコの転作などと言うと税収にも大きく影響するので整理がつかない。内閣に直結する健康医療戦略室が、省益の草刈り場だから、国としての大局観がないに等しいのだ。
そして、心ある官僚、国の将来を憂う官僚が絶滅危惧種になりつつある現状は大変だ。気骨のある人は、ごますり役人にとっては目障りに過ぎず、いつの間にかムラ社会から追い出される。かつては、政治家の中に本物をかぎ分ける能力のあった人がいて、正論と気骨を見抜く力があったが、今はこれも絶滅危惧種となっている。学者の世界では国を憂う人など昔から超希少だ。私にはどうする術もないが、2・26事件を起こした将校たちの気持ちがわかるような気がする。
その昔、日本海海戦で『皇国の興廃この一戦にあり、各員一層奮励努力せよ』という名言があったが、現役官僚には、この言葉をかみしめて欲しいものだ。皆さんの奮励努力が日本には必要だ。
「根性」というと「パワハラ」と訴えられる社会は、どこか間違っている。大阪で生きるには「ド根性」必要だったが、それも遠い昔の夢なのか?
編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2022年12月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。