米エネルギー省は中国武漢発「新型コロナウイルス」の発生起源が「武漢ウイルス研究所」(WIV)からの流出との結論に至ったという。米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは26日、ホワイトハウスと議会関係者に最近提出された機密情報報告書の内容として伝えた。同省の結論は新たな情報に基づいて下されたというが、その詳細な情報は明らかになっていない。生物学研究で高度の研究機関、米国立研究所などを保有するエネルギー省の結論であるだけに、その内容が注目される。
ただ、米政府当局は「最終的結論ではない」という姿勢を崩していない。米国家安全保障会議(NSC)のカービー戦略広報調整官は27日の記者会見で、「新型コロナウイルスの起源問題では米政府内でまだコンセンサスはない。調査は継続中だ」と述べている。一方、予想されたことだが、中国外務省の毛寧副報道局長は27日の記者会見で、米エネルギー省のWIV流出説報道について、「中国を中傷し、発生源の問題を政治化するのはやめるべきだ」と反発している。
中国武漢発の新型コロナウイルスの発生源問題では「自然発生説」(a natural zoonotic outbreak )と「武漢ウイルス研究所=WIV流出説」(a research-related incident)の2通りがある。前者を支持するウイルス学者が多いが、後者を主張する学者も少なくない。
米上院厚生教育労働年金委員会(HELP)の少数派監視スタッフの共和党議員らが15カ月間にわたり調査、研究して作成した 「COVID-19パンデミックの起源の分析、中間報告」(An Analysis of the Origins of the COVID-19 Pandemic Interim Report)が昨年10月下旬、公表され、関心を呼んだばかりだ。
同報告書は全35頁、4章から構成され、結論として、「公開されている情報の分析に基づいて、COVID-19のパンデミックは、研究関連で生じた事件(事故)の結果である可能性が高い」と指摘、「WIV流出説」を支持している。その意味でも、米エネルギー省の今回のWIV流出説は決して突飛なものではない。
「WIV流出説」については、「武漢で急速に拡大した初期の疫学的状況、最初の救援要請が行われた場所がWIVに近かった」ことの説明がつくとしている。興味深い点は、WIVで過去、少なくとも6件のバイオセーフティで問題があったことを示唆していることだ。報告書によれば、2019年4月24日:補助排気特許(WIVの研究者はBSL3およびBSL4の高封じ込め実験室における負の気圧勾配維持のため補助排気ファンの特許を提出)、同年8月14日には環境空気消毒システムの調達、9月16日には中央空調を、11月19日には空気焼却炉を調達している。そして同年12月1日にはバイオコンテインメント・トランスファー・キャビネットのHEPAフィルターの不具合に関する特許を申請、2020年11月13日には消毒剤製剤特許を、といった具合だ。
WIVはパンデミックが始まる前は安全性の低い条件下でコロナウイルスに取り組んでいた。口と鼻の保護は義務付けられていなかった。研究者がネズミに噛まれたり、何かが落ちたり、エアロゾルが発生したりする可能性があった。若い従業員が無意識のうちに感染し、症状がなく、他の人に感染させた可能性は十分考えられる。理論的には、無症候性のウイルス感染者が他に感染を広め、数カ月後に武漢の華南生鮮市場で初めてアウトブレイクが発生した可能性が考えられるわけだ。
報告書は、「ヒューマンエラー、機械の故障、動物の咬傷、動物の脱走、不適切な訓練、不十分な資金と結果に対するプレッシャーは、病原体の流出につながる可能性がある。次に、動物や人間に感染し、実験室からのウイルスの放出につながるわけだ」と記述している。
そのうえで、「SARS-CoV-2の起源をより明確に結論付けるためには、重要な未解決問題が明かにならなければならない」として、①SARS-CoV-2の中間宿主種は何か、最初にヒトに感染したのはどこか?、②SARS-CoV-2のウイルス貯蔵庫はどこか?、③SARS-CoV-2は、フリン切断部位などの独自の遺伝的特徴をどのように獲得したか?等々を挙げている。
報告書でリチャード・バー上院議員(Richard Burr)は、「中国政府および公衆衛生当局からの透明性と協力の欠如がSARS-CoV-2の起源に関してより決定的な結論に到達することを妨げている」と述べ、発生地の中国側の責任を指摘している。
それだけではない。問題は、対中対策が米国内の問題に左右され、原則が欠如していることだ。だから、辛辣なメディアは「米国の中国政策は国内問題だ」と報じる有様だ。民主党と共和党間には対中国政策に相違がある。それだけではない。中国企業と利害関係のある米政治家、専門家、ロビイストが解決を妨げている。コロナ感染から3年が経過したが、最高の研究機関と人材を誇る米国がウイルス起源問題で今だ結論に至らないのは、中国側の情報隠蔽だけではなく、米国内の親中人脈、政治家、専門家、研究者、ロビイストがブレーキをかけているからだ。ちなみに、米国内でWIV流出説を支持する機関として、連邦捜査局(FBI)のほか、米エネルギー省が加わったことになるわけだ。
当コラムで何度か指摘してきたが、新型コロナウイルス感染起源を知るうえで貴重な学者がいる。彼らは過去、WIVと接触があり、中国人ウイルス学者、「コウモリの女」と呼ばれている新型コロナウイルス研究の第一人者、WIVの石正麗氏と一緒に研究してきた専門家だ。調査ジャーナリストとして著名なシャリー・マークソン女史(Sharri Markson)は、「中国共産党政権は世界の覇権を握るために世界のグローバル化を巧みに利用し、最新の科学技術、情報を手に入れてきた。武漢ウイルスはそのグローバル化の恩恵を受けて誕生してきたのだ」と述べている(「武漢ウイルス発生源解明は可能だ」2021年11月2日参考)。
ウイルスの機能獲得研究、遺伝子操作の痕跡排除技術は、米ノースカロライナ大学のラルフ・バリック教授、そして英国人動物学者で米国の非営利組織(NPO)エコ・ヘルス・アライアンス会長のペーター・ダザック氏らとの共同研究を通じてWIVの石正麗氏が獲得していった内容だ。ダザック氏らは米国の税金でWIVのコウモリ研究を支援してきた。米国の感染症対策のトップと言われるアンソニー・ファウチ博士も、WIVと関係を有してきた。
ドイツの著名なウイルス学者クリスティアン・ドロステン教授(シャリテ・ベルリン医科大学ウイルス研究所所長)は南ドイツ新聞(SZ)とのインタビュー(2022年2月9日)で、武漢ウイルスの解明を阻止しているのは中国側の隠蔽姿勢にあると明確に指摘したうえで、「実験を知っていた米国の科学者たちの責任」にも言及している。
世界で2月末現在、約680万人の犠牲者を出した新型コロナウイルスの起源解明は今後発生するウイルスとの戦いで人類が生き延びていくうえで非常に重要な教訓となる。それゆえに、ウイルス起源の全容解明は急務となるわけだ。武漢発ウイルスの起源解明は米国の「国内問題」ではなく、人類の問題となっているのだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年3月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。