フィリップ・Fが撃った135発の銃弾:「エホバの証人」施設内銃撃事件

ドイツ北部ハンブルクで9日夜起きた宗教団体「エホバの証人」施設内での銃撃事件はドイツ国内で大きな波紋を投じている。10日現在、銃撃犯のフィリップ・Fを含み8人が死亡、8人が重軽傷を負った。死者の中には7カ月目の胎児が含まれる。犯行現場を見た警察関係者は、「これまで多くの現場を目撃してきたが、これほどおぞましい状況は初めてだった」と証言している。ハンブルク市のアンディ・グローテ上院議員は、「ハンブルク市の歴史で最も悲惨な犯罪」だと呟いたと報じられていた。

犯行の場となったハンブルクの「エホバの証人」の宗教施設(2023年3月10日、NDR公式サイトから)

銃撃犯人は35歳のドイツ人でバイエルン州出身。2014年以来、仕事のためハンブルクに移って住んでいた。独身。Fがどのようにして「エホバの証人」の信者となったかは不明だが、年齢からして「宗教2世」の可能性は排除できない。ハンブルク市警察当局はFの犯行動機を調査しているが、10日現在、はっきりとしている点は、①単独犯行、②テロ組織や何らかの過激派グループとの繋がりは見つかっていない、ことぐらいだ。犯人が自殺したことで詳細な犯行動機を知ることが難しくなったことは間違いない。

ただ、犯行動機を知る上で貴重な情報がある。ハンブルク警察のラルフ・マイヤー長官によると、今年1月、ハンブルク警察宛てに一通の匿名文書が送られてきた。その中に、銃撃犯となったFについて、自宅に多数の武器を所持していること、精神的に正常ではない面がみられる、等が記されていたという。また、Fは、①自分が所属していたハンブルクの「エホバの証人」への憎悪、②職場の元上司への憎悪が激しかったというのだ。

匿名の情報者はFを良く知っている人間であるはずだ。親族関係者、「エホバの証人」の信者たち、勤務していた会社関係者などが考えられる。いずれにしても、Fは上記の2点に関連した人間を激しく憎んでいたということだ。ハンブルク警察当局は匿名情報者に、Fについてどうして知っていたのかなどを語ってほしいとアピールしている。

ちなみに、武器所有の件では警察当局がFを捜査したが、所持している武器は2022年12月に購入し、合法的に保管されていたこと、Fと会った警察官は精神的な異常さなどを感じなかったことから、警察側はそれ以上、Fの周辺調査をしていない。犯行はその1カ月半後、起きた。犯行に使用された武器は独ヘッケラー&コッホ社の半自動拳銃(H&KP30)だった。

犯行が起きた9日夜9時ごろ、「エホバの証人」の集会には約50人が参加していた。Fは参加者全員を射殺できるだけの銃弾を所持していたという。警察部隊が最初の発砲を聞いてから数分後、現場に到着。Fは慌てて建物の上階に逃げようとした。その数分後、1発の銃声が聞こえ、Fは自殺した。犯行時間は10分にもならない。その間、Fは135発を撃ったという。

警察側の情報によると、集会参加者約50人のうち、20人は犯行直後、建物から無事逃げることができたという。30人は集会場内に留まっていたことになる。Fはその30人の信者たちに向かって135発を乱射したわけだ。「警察隊の到着が遅れていたならば、もっと多くの犠牲者がでたかもしれない」と受け取られている。

宗教団体の集会中に乱入して、銃を発射した事件といえば、ニュージーランド(NZ)のクライストチャーチで2019年3月15日、極右過激派テロリストが2カ所のイスラム寺院(モスク)を襲撃し、集会に参加していたイスラム教徒51人が死亡、49人の重軽傷者を出した銃乱射テロ事件を思い出す。また、フランス北部のサンテティエンヌ・デュルブレのローマ・カトリック教会で2016年7月26日、2人のイスラム過激派テロリストが神父(当時86)を含む5人を人質とするテロ事件が発生し、礼拝中の神父は首を切られ殺害されたほか、1人が重傷となった事件がある。

「エホバの証人」は世界に850万人の信者を擁し、ドイツでも17万5000人の信者をもつ新興キリスト教会系団体だ。その教えは聖書の逐次解釈をもとに、根本主義的傾向がみられ、輸血を拒否し、兵役も拒否することから、さまざまな社会的な批判を受けてきた面は否定できない。いずれにしても、信者には強い終末観があるために、時には排他的な傾向がみられる。

元信者Fがどのような思いで自分が所属していた団体の集会に入り、顔見知りの信者たちに向かって135発の銃弾を発したのだろうか。Fの世界を理解するためには、「エホバの証人」から脱会した時の事情を知る必要があるだろう。「エホバの証人」から脱会した「宗教2世」や若い信者たちがその後、人生の目的を失い、絶望から自殺するケースが多いと聞くだけに、Fの犯行は一つの警鐘だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年3月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。