Winny 開発者・金子勇 死後10年に想う(下)

映画 Winny 公式サイトより

前稿では、近著「国破れて著作権法あり~誰がWinnyと日本の未来を葬ったのか」(以下、「国破れて著作権法あり」)をベースに金子氏同様、世の中をよくしようとしてソフトウェアを開発した欧米の天才プログラマーが億万長者になったのに対し、金子氏が不当な逮捕・起訴と闘い、無罪を勝ち取るのに42年の短い生涯の7年半も費やされたと紹介した。

(前回:Winny 開発者・金子勇 死後10年に想う(上)

国破れて著作権法あり」では、金子氏の悲劇を繰り返さないための以下の4つの提言をしたので、本稿で紹介する。

  1. 第三者意見募集制度の著作権法への導入のすすめ
  2. 審議会の構成員は中立委員だけに絞る
  3. 取調べに弁護士の立会いを義務づける
  4. 日本版フェアユース導入

1. 第三者意見募集制度の著作権法への導入

米国には係争中の裁判に当事者以外の第三者がアミカスブリーフ(amicus brief)とよばれる法廷助言書を提出できる制度がある。2021年、米最高裁はグーグルとオラクルのソフトウェアの著作権をめぐる訴訟で、総額90億ドル(当時レートで1兆円)の損害賠償を求めていたオラクルの主張を退けた。

米著作権法には、公正な利用であれば著作権者の許諾を得ずに著作物を利用できるフェアユース規定がある。最高裁はオラクルが著作権を行使することによって得る利益と、ソフトウェア市場のイノベーションを促進することによって得られる社会全体の利益を比較してグーグルのフェアユースを認めた。

日本でも2021年の特許法改正で日本版アミカスブリーフともいえる第三者意見募集制度が導入された。改正を提案した経産省の小委員会報告書は、「AI・IoT 技術の時代においては、特許権侵害訴訟は、これまで以上に高度化・複雑化することが想定され、裁判官が必要に応じてより幅広い意見を参考にして判断を行えるようにするための環境を整備することが益々重要となっている」とした。こうした指摘は著作権法もあてはまるので、この制度を著作権法にも導入する提案をしたい。

この制度があれば、ウィニー事件でも有罪判決は免れられたかもしれない。壇俊光「Winny 天才プログラマー金子勇との7年半」(以下、「金子勇との7年半」)によれば、壇氏が金子氏の保釈金を用意するため銀行口座を開いたところ、支援金は口座開設日に105名から合計123万円も振り込まれ、 最終的に1,600万円を超えた。こうした支援者の中には金銭的支援だけではなく、無罪を主張する第三者意見を書く支援者も少なからずいたはずだからである。

米最高裁はオラクル vs グーグル訴訟で、オラクルの主張を認めた控訴審の判決を覆したが、判決に大きなインパクトを与えたのが、知的財産権法学者らが提出したグーグル支持のアミカスブリーフだった。

2. 審議会の構成員は中立委員だけに絞る

著作権法は権利保護と利用促進をバランスさせることを目的としている(著作権法第1条)。下表は現在の文化審議会著作権分科会の委員構成である。

文化審議会著作権分科会委員構成(2022年6月現在)

委員の所属 委員数
大学教授 6人
弁護士・弁理士 2人
マスコミ 2人(NHK、日本テレビ)
権利者団体 15人(日本写真著作権協会、日本書籍出版協会、日本映画製作者連盟、日本文藝家協会、日本ネットクリエイター協会、日本レコード協会、日本新聞協会、日本民間放送連盟、日本芸能実演家団体、日本美術家連盟、日本映像ソフト協会、日本経済団体連合会、日本コンピュータソフトウェア著作権協会、ネットワーク音楽著作権連絡協議会、日本音楽著作権協会)
利用者団体 2人(日本消費者協会、日本図書館協会、
合計 27人

注:( )内は委員が代表する団体名  出典:文化庁ホームページより

このような委員構成では、権利を強化する改正は通しやすいが、権利を制限するような改正は難しくなる。具体例を「国破れて著作権法あり」の「あとがき」から抜粋する。

インターネットというたった一つの技術革新にうまく対応できないことが日本経済の停滞を招いている。その原因の一つに日本の厳しい著作権法があげられる。本文でも紹介した学者やネットビジネスの先人たちが指摘するように複製が前提のインターネットで、複製には許諾が必要な原則を貫こうとしている。

インターネットで著作物を公衆向けに送信する権利、「公衆送信権」を世界ではじめて導入したのも日本である。当時、文化庁は「世界最先端を維持した日本の著作権法」(コピライト 1997年7月号)と鼻高々だった。

著作権法は著作権の保護と著作物の公正な利用をバランスさせて、文化の発展に寄与することを目的としているが、こうした保護に軸足が置かれた日本の著作権法がネット時代に乗り遅れた一因ともいえる。

3. 取調べに弁護士の立会いを義務づける

金子氏は検察の作文した虚偽の自白に署名させられたとが、その後の起訴、一審での有罪判決へと続く悲劇の始まりとなった。壇氏が「自分の納得のいかない調書に署名しないように」とアドバイスする前だった(「金子勇との7年半」より)。

取調べへの弁護人の立会いは、欧米はもとよりアジアでも韓国、台湾でも認められていて、これを認めない日本の刑事司法に対しては国際的にも批判が絶えない。2013年の国連拷問禁止委員会では、アフリカの委員に取調べに弁護人の立会いが認められない「日本の刑事司法は中世」と指摘された。

2018年に発覚したカルロス・ゴーン元日産自動車会長の不正行為をめぐる事件では、ゴーン夫人も日本のいわゆる「人質司法」を批判した。2019年1月17日付ITmedia 「ビジネスオンライン『ゴーン妻の“人質司法”批判を「ざまあみろ』と笑っていられない理由」は以下のようじ報じた。

キャロル夫人が国際人権団体のヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)に、9ページにわたる書簡を送ったことが明らかになった。夫人は書簡で、「日本の刑事司法制度がゴーンに課している厳しい扱いと、人権に関わる不平等さを白日の下にさらす」ことをHRWに求めている。

(中略)

またキャロル夫人の書簡にはこんな記述もあるという。「毎日何時間も、検察官は弁護士が立ち会わない中で、なんとか自供を引き出すために、彼を取り調べし、脅し、説教し、叱責(しっせき)している」

日本弁護士連合会も2019年に、「弁護人の援助を受ける権利の確立を求める宣言-取調べへの立会いが刑事司法を変える」を発表している(日本弁護士連合会ホームページより)。

4. 日本版フェアユース導入

日本でも2016年から「知的財推進計画」の提案を受けて、日本版フェアユースが検討されてきた。下図のとおり、米国のフェアユース規定が権利制限規定の最初に登場するのと異なり、日本版フェアユースは権利制限規定の最後に受け皿規定を置く案。具体的には「利用行為の性質、態様」について、「以上の他、やむを得ないと認める場合は許諾なしの利用を認める」という規定を設けるものであった。

権利制限の柔軟性の選択肢

この規定の導入を検討した末、二度にわたる著作権法改正が行われたが、二度目の2018年改正でやっと実現したのが、一番右の「著作物の表現を享受しない利用」。これによって、AIに著作物を読み込ませることは可能になったが、人が著作物の表現を享受するような利用まではカバーしないため、パロディなども未だに認められていない。

国破れて著作権法あり」の巻末特別インタビューで、壇氏は刑事にこそフェアユースが必要と指摘している。

以下、米国にも著作権法に刑事罰はあるが、刑事事件にまで発展しない理由についてのやりとりの中から抜粋する。

城所:それと、フェアユースが大きいですよね。民事でフェアユースが成立するかもしれないような事件に、民事より立証責任のハードルが高い刑事で勝てる見込みは少ないですから。

壇:それはあると思います。フェアユースが一番効果的なのは、実は刑事なんですよね。民事も、フェアユースの有り無しで有利・不利がありますけども、刑事事件の場合はフェアユースで無罪を取られたら困ると、起訴を断念することが増えると思うので、一番効果的なのは、多分、刑事の分野かなとは思いますけどね。