「藤井七冠」も喜べない主催社・朝日新聞の経営状態の悩み

紙面は踊れど進む空洞化

将棋の藤井聡太竜王(20)が20歳10か月で渡辺明名人(39)を破り、名人位を獲得、史上最年少で七冠を制覇しました。20歳の青年がこのような偉業を成し遂げられることに多くの国民が喝采しました。

名人戦の主催者は朝日新聞、毎日新聞で、朝日新聞は1面トップ、紙面の大半を使いました。第2面も「進化した将棋AIが盤上の技術を変革した。人工知能による技術革新が社会を変え始める中で新名人は台頭した」などと、全ページを使って大展開しました。時代を変えるAI技術が将棋も変える。

社会面でも「泰然20歳」と様子を伝え、「こどもの頃からのあこがれ。名人になっても、終わりでなく、先がずっとある」との談話を紹介しました。主催者でありますから力の入れようがよく分かります。読売は1面準トップの3段、日経は同2段でしたから、朝日は破格の紙面編成です。

新聞社が争って囲碁、将棋タイトル戦の主催者になったのは、囲碁、将棋ファンを読者に取り込む販売戦略のためでした。中でも名人戦は100年以上、最古の歴史を持ち、賞金では竜王戦(読売新聞主催)の4400万円に次ぐ推定3000万円で、この二つが最高峰の位置づけです。

朝日新聞は大喜びでページ数も増やし、広告もたくさん取っただろうと思って新聞を開きましたら、驚きました。28ページのやせ細った朝刊で、主催者でない読売新聞の30ページにも劣ります。驚きはそれだけではありません。

朝日新聞社

閲覧度が最も高い最終面にいつものテレビ面が見当たりません。そこには頬を寄せ合った若いカップル、女性はダイヤのイヤリングと指輪をつけた「ルイ・ヴィトン」の全ページ・カラー広告が載っていました。テレビ面は26面に移動していました。偶然、七冠報道の日と、「ルイ・ヴィトン」広告が重なったとしても、私は象徴的な意味を感じました。

滅多にあることではない。業界用語で「ラッピング広告」(テレビ面を含め包み込む)というのでしょうか。希少価値があるので料金は高い。朝日新聞の部数(400万部弱)に1ページあたりの制作単価(1円-2円)を掛け、プラスアルファを乗せ、広告収入は推定1000万円の範囲でしょう。

恐らくそれ以上の悩みは、「AI時代の新名人」(第2面の見出し)です。藤井新名人は2016年に史上最年少棋士として登場し、「その年からAI研究を導入、ある局面の最善手を学び、実際の対局で差した手の評価を調べる」(朝日)。若い棋士は同じことをしているのに勝てないのは、藤井名人には固有の天才的な才能が備わっているためでもあります。

新聞の生命を左右しかねないチャットGPT(生成GI)に「藤井さんはどのようにAIを活用していますか」と質問してみました。瞬時に次のような答えが返ってきました。

「① AIの解析ツールを使って、自分の対局を分析し、ミスや改善点を洗い出す、② コンピューター将棋ソフトを活用し、トレーニングや対局を行い、定石や戦術の研究をしている、③ AIは膨大な将棋データを持っており、人間同士の対局では得られない新たな技術、戦略を示してくれる」などでした。

デジタル化の波の上に開花したAIです。新聞はネットに食われ、かつて800万部を維持していた朝日は、今やその半分です。ギネス級の1000万部を続けていた読売も600万部まで急激に部数を落しています。ネット、デジタル化の波に対応できないでいるためです。

新聞制作にも使えそうなのに、日本新聞協会は、現時点では著作権の侵害、偽情報の拡散への規制などの要求に重点を置いています。将棋の対局データはほとんど公開されるので、AIが活躍しやすい。新聞界は肝心の経営実態の情報が公開されていないため、経営刷新にAI技術も使いにくい。

藤井名人の天才ぶり、AI技術への関心が重なり、空前の将棋フィーバーが起きています。1局につき1人限定で250万円という「見届け人」というサービスに応募者は増え、8000円の大盤解説会も満席になる。主催者の利益にはつながらない。新聞の部数も増えない。

「藤井フィーバーをどう生かすか。将棋界の次の一手が注目される」(日経)。AIの波に乗った将棋界には次の一手があっても、アナログの新聞界の次の一手は相当に難しい。

将棋八冠のほとんど全部が全国紙、地方ブロック紙、通信社の主催です。囲碁の七冠も同じです。特別協賛の企業を招き入れ、資金を出してもらう流れがあっても、限りがある。毎日新聞主催の囲碁の本因坊戦の賞金は今春、2800万円から850万円に減額しました。よほど経営が苦しい。

将棋、囲碁はネットでフォローできます。解析もできます。自分の趣味の相手なってくれます。後期高齢者になり始めた団塊の世代が新聞も読まなくなったら、次の一手がなければ、紙の新聞の最終章になるでしょう。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2023年6月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。