ドイツのショルツ連立政権は任期4年の中間点をまもなく迎えようとしているが、同国の国民経済は昨年第4四半期から3四半期連続でマイナス成長を記録し、リセッション(景気後退)に陥っている。RTLとnTVが共同で実施した政党のトレンドバロメーターによると、大多数の国民は3党から構成されたショルツ連立政権に期待を持っていないことが判明した。国民の信頼を回復するためにも、ショルツ政権は残されて任期内に国民経済の回復を目指すことになる。
ドイツ国民経済は今年第1四半期(1~3月期)の成長率がマイナス0・1%だった。前年第4四半期の成長率マイナス0.4%に続いて、2期連続でマイナス成長を記録したことが明らかになった。2期連続、四半期の成長率がマイナスを記録すれば、「リセッション(景気後退)に陥った」と判断されるのは通常だ。そのうえ、今年第2四半期の成長率も前期比でマイナス0.2%と予測されている。
先月末、ブランデンブルク州メーゼベルクでショルツ連立政権関係者は後半の任期を控え、非公式会合を開いた。その直後の記者会見では、ショルツ首相は30日、任期後半の目標として、①マイナス成長が続く国民経済の回復、②不必要な官僚主義的なハードルを削除し、経済活動と企業の投資推進のために規制を緩和、③わが国の近代化のためにデジタル化の推進、AI(人工知能)の積極的な利用の3点を挙げている。具体的には、景気回復のために2028年までに計320億ユーロ(約5兆円)規模の税負担軽減を閣議決定している。
ドイツは日本と同様、輸出立国だ。だから、世界経済が低迷すれば、輸出もその影響を受ける。特に、中国経済の不振がドイツにとって大きい。中国はドイツにとって最大の貿易相手国だ。例えば、ドイツの主要産業、自動車製造業ではドイツ車の3分の1が中国で販売されている。2019年、フォルクスワーゲン(VW)は中国で車両の40%近くを販売し、メルセデスベンツは約70万台の乗用車を販売した。ドイツは今後、中国依存から脱皮し、輸出市場の分散化が急務となる(「輸出大国ドイツの『対中政策』の行方」2021年11月11日参考)。
ちなみに、ベアボック外相(緑の党)は、「SPD主導の過去の対ロシア、対中国政策を2度と繰り返すべきではない。その外交路線はドイツをロシア、中国に依存させる結果となり、わが国を恐喝することを可能にさせてきた」と発言している。同外相の発言は、SPD、「緑の党」、そして自由民主党(FDP)の3党からなるショルツ連立政権(信号機連合)下の外交政策で意見の相違があることを浮き彫りにしたとして注目された(「独『首相府と外務省』対中政策で対立」2023年4月21日参考)。
世界はここ数年、想定外の試練に直面してきた。中国発の新型コロナウイルスのパンデミック、ロシアのウクライナへの軍事侵略、それに伴うエネルギー価格の急騰、物価高騰、そして地球温暖化による気候不順などに直面し、世界経済は厳しい状況に追い込まれた。その意味で、ショルツ政権下の国民経済の低迷は自前の原因もあるが、世界情勢の影響が大きいことは間違いないだろう。
ショルツ首相が主導する連立政権は社会民主党(SPD)、環境保護政党「緑の党」、そしてリベラル派政党「自由民主党」(FDP)の3党から成るドイツ連邦初の3党連立政権だ。政党のカラーから信号機政権と呼ばれてきた。政治信条が異なる3党で結成されたショルツ政権は発足当初から政権の安定性について懸念の声があった。
そのような中で、ウクライナ戦争が始まり、ショルツ首相は「時代の転換」をキャッチフレーズに、同国の戦後の安保政策を大きく変え、軍事費増額、ウクライナへの武器供与などを実施し、欧州の盟主としての役割を果たしてきた(「ドイツもウクライナも変わった!」2023年5月09日参考)。
その一方、国内問題では、連立政権内の政策の違いなどで対立、論争が絶えなかった。例えば、ショルツ政権は今年4月15日、操業中の3基の原子力発電所のスイッチを切り、脱原発を完了し、再生可能なエネルギーへ転換したが、産業界や多くの国民は未来に対して不安、不確実性を感じ出してきた。脱原発は3党連立政権の連合協定に明記された公約の一つだったが、「緑の党」とFDPの間では最後まで対立が続いた。
ハベック副首相兼経済相は30日の記者会見で、「われわれの課題は、異なる視点が強みであることを理解し、お互いから学ぶことができ、政権中心と安定した行動能力を保つためには妥協することが良いことであることを理解することだ」と述べている。FDPのリンドナー財務相は、「我々は、叩きのめし、ねじ込みが行われる政府だ。それでノイズが生まれるが、成果も生まれてくる」と強調。それを受け、ショルツ首相は、「(政権内で)ハンマーで叩きあったり、ノックしたりするが、サイレンサーがあれば、その音は(外部には)聞こえないはずだ」と冗談を飛ばしている(ドイツ民間ニュース専門局nTvウェブサイトから)。
ショルツ政権はウクライナ戦争といった世界的出来事に直面して、戦後の政治、安保政策の転換を強いられた、というのが事実に近いだろう。4任期の通算16年間の長期政権を維持したメルケル前政権が達成できなかった大きな課題を任期2年たらずのショルツ連立政権がなしたわけだ。ショルツ首相はそれを「Zeitenwende」(時代の転換」と呼んできた。党の政策や国益といった国内の政治条件ではなく、「時代が強いた転換だ」という意味合いだろう。例えば、「緑の党」は久しく平和政党と呼ばれてきたが、同党出身のベアボック外相はウクライナへの武器供与問題ではショルツ政権内で最も熱意をもって支持してきた政治家だ。ウクライナ戦争前までは考えられなかったことだ。
RTLとntvの政党の支持バロメーターによると、今週連邦議会が選出された場合、野党第1党「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)が26%でトップ、それを追って極右政党「ドイツのために選択肢」(AfD)が21%、ショルツ首相の社会民主党(SPD)17%、「緑の党」14%、FDP7%、左翼党4%だ。ショルツ連立政権3党の合計は38%で過半数を大きく下回っている。
ウクライナ戦争は長期化が避けられなくなってきた。国民のウクライナ支援にも疲れが見え出している。「時代の転換」の勢いに乗って走ってきたショルツ政権は後半の任期開始を控え、国民経済の回復に全力を投入する意向だ(「ドイツが再び『欧州の病人』になった?」2023年8月28日参考)。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年9月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。