ドイツが再び「欧州の病人」となった?

英国の週刊誌エコノミストはドイツの国民経済の現状を分析し、「ドイツは欧州の病人だ」と診断を下している。主治医や家庭医でもない外部の、それも診察を頼んでもいない医師が「あなたは病人だ」と診断したならば、驚く一方、気分を害する人が出てくるだろう。

野心的なグリーンプロジェクトの現場を視察するショルツ首相(2023年8月22日、ドイツ連邦首相府公式サイトから)

ただし、ドイツの大衆紙ビルトではなく、経済問題で定評のある経済専門エコノミストが「ドイツの国民経済は停滞し、欧州の病人だ」と診断を下したのだ。それなりの理由はある。

ドイツ国民経済は今年第1四半期(1~3月期)の成長率がマイナス0.1%だった。前年第4四半期の成長率マイナス0.4%についで、連続2期でマイナス成長を記録したことが明らかになったのだ。

2期連続、四半期の成長率がマイナスを記録すれば、「リセッション(景気後退)に陥った」と判断されるのは通常だ。だから、経済統計上から少なくとも、「ドイツ経済はテクニカルリセッションにある」と言っても間違いない。ドイツ経済が本格的なリセッションに直面しているか否かは他の経済統計が必要だろう。ちなみに、今年第2四半期の成長率は前期比でマイナス0.2%だった。

当方は経済記者ではないので、詳細なドイツ経済の分析や評価はできない。ただ、“欧州の盟主”ドイツが「欧州の病人」と呼ばれ出したことを無視するわけにはいかないので、各方面の情報を集めてみた。

ドイツの週刊誌フォークスは今月25日付のオンライン版で、「ドイツは再びヨーロッパの病人か」という見出しで報じていた。同誌によると、多くの経済学者は現在、今年の経済成長率の減少を予測し、「欧州最大の経済大国ドイツの国民経済は停滞と景気後退の狭間にある」と指摘している。

リセッションという場合、マイナス成長率の他、高いインフレ率とそれに伴う国民の消費・購買力の低下、失業率と労働市場の悪化、生産性の低下、投資の減少などが一般的にみられるものだ。日本と同様、輸出大国のドイツにとって、世界経済の低迷、特に、米国と中国の経済的低迷は影響が大きい。

そのうえ、昨年2月24日、ロシアがウクライナに軍事侵攻して以来、ロシア産天然ガスの輸入に依存してきた欧州諸国、その中でも70%以上がロシア産エネルギーに依存してきたドイツの産業界は再生可能なエネルギーへの転換を強いられるなど大きな試練に直面している。ショルツ政権が推進するグリーン政策に伴うコストアップと競争力の低下を無視できない。

外国からの需要は低迷し、商品とサービスの輸出は前四半期比で1.1%減少し、輸入も停滞している。VPバンクのチーフエコノミスト、トーマス・ギッツェル氏はフォークスに、「グローバルな経済環境が良くない時、インフレ率が比較的高い水準である場合、ドイツ経済は窮地に立たされるだろう」と述べている。

その一方、ドイツ経済研究所(DIW)のマルセル・フラッチャー会長は、「ドイツは経済的に黄金の2010年代を経験し、国際的に非常に競争力があるが、ドイツがその強みをうまく活用しない限り、再びヨーロッパの病人になる可能性がある」と警告を発している。

同会長が「再び」と発言しているように、ドイツの国民経済がリセッションに陥ったのは今回が初めてではない。例えば、冷戦終了後、ドイツは旧東独の再統合のために巨額の投資を強いられる一方、労働市場の低迷、高失業率などで国民経済は苦境に瀕した。それを2000年代初頭、福祉制度と労働関係の抜本的な改革を通じて経済成長を促進し、失業率を削減する「アジェンダ2010」が実施され、ドイツは苦境を克服した体験がある。

今回のリセッションの背景には、3年間のパンデミック、そしてウクライナ戦争の勃発といった世界的な出来事の影響が大きいことは間違いないだろう。政府は多額の支援を余儀なくされ、財政赤字は膨れ上がってきた。クリスティアン・リントナー財務相は来年度から支出の縮小など緊縮財政に移行することを発表済みだ。欧州経済の原動力だったドイツが病人となった、と言われても余り反論はできないかもしれない。

ドイツの産業界は専門職の労働力不足で生産性にも影響が出てきている。公共部門のデジタル化の遅れは久しく叫ばれてきた。対外貿易では、中国市場依存を脱皮しなければならない。サプライチェーンと輸出市場の分散化が急がれる。

ドイツ国民経済の試練は16年間のメルケル前政権時代に蓄積されてきた問題ともいえる。ドイツは現在、メルケル前首相のロシア依存のエネルギー政策、中国市場への傾斜のツケの返済に追われている、といえるかもしれない。ドイツの政界ばかりか、メディアでも16年間という長期政権に君臨したメルケル氏の名前がここにきてほとんど聞かれないのは、決して偶然ではないだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年8月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。