政府が創設した10兆円規模の「大学ファンド」で、世界トップレベルに肩を並べる研究大学を育てようとの目論見だが、果たして前途は有望なのだろうか・・?
以前「大学が抱える諸問題を考える」を書いた時にも言及したが、種々の評価項目で世界に低迷する日本の大学を考えるとき、何とかして大学を「元気」にする方策が必要だが、それはおそらく「業績評価」や予算で締め上げる「北風政策」ではなく、もっと大胆に自由なお金と時間を与える「太陽政策」ではないかと論じた。
今回の10兆円ファンドは、その「太陽政策」になるのだろうか。結論を先に言うと、現状得られる情報から考える限り、その見込みは、低い。
今回「国際卓越研究大」候補第1号に選ばれたのは、東北大学である。無論、候補には挙げられていた。日本で一流大学と目されるのは、国立なら旧帝大系と東京科学大(東京工大+東京医科歯科大)など、私学なら早慶あたりと、衆目が一致するので、国内で三番目に作られた旧帝大である東北大が選ばれるのに何の不思議もない。ただし、なぜ1校だけなのかは問題である。
これは「選択と集中」の行き過ぎではないだろうか? たった1校にだけ巨額資金を提供するという仕組みで、日本の数ある大学を活性化できるとは、とても思えない。1校だけでも、育てば良いのか?いくら新自由主義全盛の日本社会でも、それはないでしょ、と筆者は思う。
そうでなくても、今は大学でも企業なみの「選択と集中」が進んでいる。上記「一流大学」ならまだマシな方で、地方国立大学などは、現在すでに種々の「切り捨て」対象となる可能性に怯えている。統合化で少しでも図体を大きくすることで「切り捨て」対象から免れようとする動きも活発化している。単科大学が減りつつあるのは、その現れだ。
また、巨額資金というが、初年度は最大100億円程度だそうだ。原資10兆円の1/1000、つまり0.1%に過ぎない。何だかケチ臭い気もするが、今の金利を考えれば、こんなものか?
一方、100億円もらった方も大変だろう。何しろ、年3%の成長を求めるとあるので、100億円もらったのなら毎年3億円ずつ利益を出さないといけない計算になるから。これは、普通の商売をやっている会社にとっても、大変だろう。100億円投資するから、次の年から毎年3億円の利益を出せって言われたら・・。
ましてや、相手は商売など苦手な大学である。そもそも、大学は高等「教育機関」である。普段は講義・実験・実習その他の教育活動が主で、研究活動はその傍らで行う。大学人口の大半が学生であることから、これは当たり前の話。大学の付属研究所や研究大学なら少し違うけれども、学生を預かって研究活動を通じて実力を養わせる点では、一種の教育活動である。当然、国立研究機関や企業の研究所みたいに、研究=仕事とは行かない。
現に、どこの大学でも、学部生には4年の最後に卒業論文を書かせ、大学院の修士課程なら2年で修論、博士は3年で博論を書く。またそれらを発表させ、審査して卒業・修了させる。そのために当然ながら、教員は学生の研究進捗状況を逐次チェックし、必要な助言や指導を行う。学生の「面倒見」というのは、主にこの仕事である。
少なくとも工学部では多くの場合、教員の日常はこの活動によって占められる。筆者も現役時代、各学年3〜4名、合計10数名の学生の面倒を見るのに追われた。ちょっと目を離すとグラグラ落ちてくる皿回しをやっているような気分だった。
さらに教員は大抵、それらの論文の下書きをチェックし書き直させたり修正し、発表練習にも何度も付き合って、失敗や「粗相」のないように気を配る。原則として修論や博論は大学図書館に保存して、誰でも閲覧できるので、いい加減な審査などすると後で恥をかくからである(例のSTAP細胞事件でも、論文の杜撰な審査状況が問題になった)。
一部の大学では学部生の卒論を課さないと聞くし、学生の面倒を全然見ない先生もいるらしいが、筆者のいた工学部では、教員は例外なく学生の面倒見に忙殺されていた。特に忙しいのは1〜3月で、この時期は各種の入試やセンター試験があり学年末試験の出題・採点等もあり、とにかく多忙を極める。
多くの世の中の人たちは、大学の先生など相当にヒマなんだろうとお思いかもしれないが、実情は全然違う。多くの大学教員は、睡眠時間を削って仕事をこなし、その合間に研究論文を書くような生活をしている。定年後の今から振り返ると、ゾッとするような生活である(ついでに書くが、週2〜3回もTV出演する「教授」センセイ方って、どんな生活をしているのだろうか?普通なら、講義や研究室運営や種々の委員会・会議等で忙殺されているはずなのに)。
筆者が教員として経験したのは主に地方国立大学の生活だが、旧帝大の東北大学でも、大きな差はないはずだ。地方大より学生当りの教員数が多い分、授業持ちコマ数が少なく、その分研究に割ける時間が多い点は恵まれていると思うけれど。と言うのは、筆者は学部は京大、大学院は東工大で過ごし、1年間だが東大工学部で内地留学した経験から、工学系なら旧帝大での生活もよく知っているからである。
このような生活サイクルを繰り返している大学で、100億円くれるから毎年3億円儲けてくれと言われて、一体どうするんだろう・・?と言うのが、筆者の素朴な疑問である。
まず、学部レベルでは、どんな学部でも「稼ぐ」のは無理、大学院でも修士課程では困難だと思う。博士課程の研究の中に、有望なものがあれば良いが、大学での研究は基礎分野が多いので、すぐに「稼ぐ」のは難しいケースが多いだろう。
無論、旧帝大系ならば付属研究所も数多くあり、「稼ぎ」の源にも見込みがあるかも知れない。実際、今回選ばれた東北大では、次世代放射光施設や災害科学国際研究所を作り、産学連携でイノベーションを生み出す「サイエンスパーク構想」を掲げてきた。これらが選出理由の大きな部分を占めることは疑えないが、一方、これらですぐ「稼ぐ」ことは可能なのかどうか、疑問もある。
「稼ぎ」で最初に考えつくのは「特許」である。かつては、大学所有の特許で得たライセンス料が3億円以上あったケースがある。名古屋大学の赤崎教授が得た青色発光ダイオード(LED)の特許で年間4億円以上を稼いだのがそれだ。ただし、これは2003年頃の話で、特許が期限切れになれば、その収入は絶える。実際、このレベルの大ヒットは稀で、その後はこれに匹敵する特許は出ていない。
逆に言えば、ノーベル賞を貰った赤崎教授に並ぶような成果を挙げなければ、特許で年間3億円も稼ぐのは難しいわけだ。ファンドから100億円貰ったからと言って、すぐにノーベル賞級の業績を挙げるのは難しかろう。
次に考えられるのは大学発ベンチャーだ。実際、その数だけは増えている。経産省の調査によると、2022年10月時点での大学発ベンチャー数は3782社もあり、企業数及び増加数ともに過去最高を記録したそうだ。
売上高では1000万円以上5000万円以下が30.1%で最多、次が1億円以上10億円未満が19%ある一方、売上高0円も18.4%ある。営業利益となると更に厳しく、0円が24%もあるし、0円以下つまり赤字企業が32%ある。黒字企業は44%で、1億円以上は1%(2社)しかない。やはり年間3億の利益を上げるのは至難の業と言える。それに、大学発ベンチャーの稼ぎが全部大学に行くはずもない。
こうして見ると、すぐに年3%の成長などを要求すること自体が無理だと分かる。ならば、毎年の100億円は利息分なのだから、くれてやっても良い、すぐの見返りは求めない、と割り切ってはどうだろうか?情けは人のためならず、とも言う。じっくり育てる根気が必要だ。ついでながら、100億円1校ではなく、1億円100校に配る方が、多くの大学人は助かると思う。1億円を各研究室に配ると微々たる金額にしかならないが、それでも有難く思う研究室は相当数あるはずだ。
もう一つ気になるのは、ガバナンス(組織統治)の強化が強調されていること。学外者らで作られる経営意思決定機関を設置し、全学を号令一下、何でも言うことを聞かせる体制を作るという意味のようだ。
これは、学内の人間にとっては、相当に鬱陶しい状況になりそうだ。自由に研究したいのに、上から「あれをやれ、これをやれ」と指図されるのか?このガバナンス強化と「学問の自由」は、どのように両立するのだろうか?筆者は残念ながら、これに関する説得的な説明を聞いたことがない。戦前・戦中の大学みたいにならなければ良いのであるが。
現在の大学が抱えている問題は、研究資金の不足もあるが、何と言っても教員の多忙すぎる生活自体にあると筆者は考えている。この業界でも「人手不足」が目立ち、教員が何でもかんでもやらなければいけない仕組みに陥っているし、研究者の非正規化も進んでいる。特に基礎科学分野では、30〜50代でも非正規の研究者が多く、これではじっくりと腰を据えた研究などできはしない。常に現状の「評価」に追われ、次の働き先を探しながらの落ち着かない生活になるからだ。
任期付きの不安定な立場でポストを渡り歩くような生活では、優秀な人材が腐ってしまう危険度が高い。上手く渡って行ける人もいるだろうが、その精神的ストレスは大きく、うつ病罹患率が高いという話も頷ける。
話をまとめると、地盤沈下を続ける日本の大学の活力を上げるには、今回の大学ファンドのような「選択と集中」ではなく、多くの大学に自由に使える潤沢な資金を与えることが必要だ。そして教員の身分を正規雇用にして安定させ、安心して教育研究に専念できる環境作りをすることだ。
今の日本の大学は、働き過ぎてヘトヘトに疲れ果てた人に例えるのが適切だと思う。大学組織も大学人も多くは疲弊している。この状態の人を鞭打って働かせようとしても功は少ない。与えるべきは十分な栄養と休養だ。大学には自由と資金を。これが特効薬になるために「十分」かどうかは不明だが、少なくとも「必要」な条件ではある。