中国軍核戦略のAI依存の危険性(古森 義久)

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顧問・麗澤大学特別教授 古森 義久

「妖怪がいまヨーロッパを徘徊している。共産主義という妖怪が」――ついこんな古い共産党宣言の言葉までを連想させられる。最近の人工知能(AI)を巡る論議からだ。

もちろん170年以上も前のヨーロッパでの共産主義についての虚実の宣言と現代の科学が立証した人口知能の現実とを同水準におけるはずはない。だがAIの真の実態や人間社会への具体的な影響を誰も正確にはわからないような霧のなかで多様な議論だけが熱を高める光景は、そんな過去の歴史の類例をも想起させるのだ。

最近のAIを巡る内外の議論でもっとも戦慄を感じたのは、その軍事利用での核戦略への適用についてだった。具体的には中国人民解放軍の核攻撃計画への人工知能(AI)の大幅導入に関してだった。大幅導入というよりも、全面依存と評した方が正確に思えるほどのAI使用の概念なのである。その中国側のAI導入が米中軍事バランスを崩し、核攻撃をも招きやすくする、とする警告がアメリカ側から発せられたのだった。

アメリカと中国の安全保障関係を恒常的に調査するアメリカ議会の諮問機関「米中経済安保調査委員会」はこの11月中旬、2023年度の年次報告書を発表した。そのなかの最重要点とも呼べる指摘がこの中国軍のAI使用についてだったのだ。

アメリカ議会のこの特殊な委員会はここ20年以上、一貫して「米中経済関係がアメリカの国家安全保障に及ぼす影響を調査する」ことを公式の主眼に研究や調査を続けてきた。その主題は自然と米中両国間の安全保障関係の調査へと帰結する。この委員会はアメリカ連邦議会上下両院の超党派の有力議員が合計12人のコミッショナー(委員)を任命することで組み上げられている。

それら委員はみな中国やアジア、軍事、戦略、外交などの専門家である。委員たちは自ら米中安全保障について調査する一方、その時々の重要テーマについて、さらに個別の分野の専門家を動員して、研究や討論をさせる。その総括は毎月の公聴会や年次報告書、さらには随時の特別報告書にまとめられ、究極的にはアメリカの政府と議会に対する具体的な政策の勧告となる。

そんな年次報告書が2023年は米中首脳会談の直前の11月14日に発表されたのである。700頁以上の同報告書は中国の他国の政治への介入や経済的野望、軍事力強化などバイデン大統領と習近平国家主席の会談では表に出なかった厳しい現実を露わにしていた。

なかでもアメリカの政府と議会への政策勧告を含む超党派のこの報告書が最大の警鐘を発したのは、中国人民解放軍がアメリカ軍の優位を崩すためにAIを大幅に使うことが将来、アメリカ側にとって危険な状況を生む、という点だった。この点は年次報告書発表のための記者会見で強調された。

同委員会の副委員長アレックス・ウォン氏が冒頭の発言で以下のように述べた。

今年の報告書も中国がアメリカの安全保障の根幹を脅かす行動や計画に光を当てているが、なかでもアメリカ側としてもっとも警戒すべきは中国軍の軍事作戦へのAI採用だと言える。中国人民解放軍は通常戦力、核戦力の両方の効率の飛躍的な上昇を果たすためにAIへの依存を大幅に増すことをすでに始めている。

ウォン氏はこれまでアメリカの政府と議会の両方で中国をはじめとする東アジアの安全保障問題を追ってきた専門家である。同氏はこの中国軍のAI利用では特に核戦略へのその導入が危険だと強調するのだった。

その点は同じ委員会の委員ランディ・シュライバー氏も同様に警告し、特に核戦略の分野でのアメリカ側にとっての危険性を重視すべきだと説明した。シュライバー氏は日本側でもよく知られたアメリカ歴代政権の国務、国防両省の高官を務めた人物である。

中国軍が最悪の事態としてアメリカ側への核攻撃を考える際、AIへの全面依存でその決定が敏速かつ自動となり、人間の配慮が入る余地が減る危険が予測される。その場合のAIは核攻撃の標的となりうる対象のイメージ捕捉やその照準確定に使われるだろう。

同年次報告書もこの点、中国軍の核戦略ではAIが敵側のイメージの認知や標的の確定に大幅に使用され、その結果の攻撃決定が自動的に速度を高めるという危険性を強調していた。特に台湾攻略にからむ小規模の戦術核兵器の使用の決定にそんな可能性が懸念されると言う。

アメリカ側は一方、これらの核の最終決定に関しては、あくまで人間の判断を優先すべきだ、と言うのだ。

報告書は中国側が米側の優位な潜水艦戦力や宇宙利用攻撃能力に関してもAIを重用すると指摘していた。中国軍はアメリカ側の水中戦力に対して既にAI依存の自律型無人潜水機(UAV)を急速に開発し、配備してアメリカ海軍の潜水艦の探知や妨害に着手し始めたという。この分野でもアメリカ側の年来の優位が中国軍のAI利用によって崩れかねない新情勢が生まれたというのだ。

軍事とAIとは、いまの世界での新たな重大課題であり、チャレンジだろう。その正確な実態も適切な回答もまだまだ霧の中である。

中国側にとってもAIの軍事への効果的利用にはなお難関もあることが同報告書で指摘されていた。

第一はアメリカ政府が2022年10月から実施したAIに不可欠な超高度の半導体の中国への移転の制裁的な規制だという。

第二は中国側のAI専門の技術者の海外流出だった。アメリカ側の最近の調査では約2,800人の中国人トップAI専門家の4分の3が海外在住で、その85%がアメリカ在だとされる。

ちなみに中国在のAI専門家では第一人者とも目された38歳の馮暘赫氏が2023年7月、不審な死をとげたことも複雑な波紋を広げた。

中国人民解放軍のこうしたAI利用はもちろん日本にとっても重大な懸念の対象である。

古森 義久(Komori  Yoshihisa)
1963年、慶應義塾大学卒業後、毎日新聞入社。1972年から南ベトナムのサイゴン特派員。1975年、サイゴン支局長。1976年、ワシントン特派員。1987年、毎日新聞を退社し、産経新聞に入社。ロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長、ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員などを歴任。現在、JFSS顧問。産経新聞ワシントン駐在客員特派員。麗澤大学特別教授。著書に『新型コロナウイルスが世界を滅ぼす』『米中激突と日本の針路』ほか多数。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2023年12月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。