調べ物をしていて松下政経塾のサイトを見ていると、入試でTOEICが義務付けられていた。財界関係の団体では常にこのローカルなテストTOEICの影がちらつく。アメリカでTOEICなんて誰も知らない。こんなことでは松下政経塾はいつまでたってもグローバルに通用するブランドにならないだろう。
TOEICは日韓限定のガラパゴス検定である。その韓国もTOEIC採用を見直し始めている。そもそもこのTOEICとは通産省と経団連がアメリカのテスト製作のNPOにお願いして作った“軟式テニス”なのだ。
欧米留学の登竜門で世界統一の英語能力テスト、TOEFLは現在180カ国以上で行われ、年間80万人が受ける。TOEICのウェブサイトに行くと「TOEICは全世界約120カ国以上で受験され受験者数約600万人が受験」とある。しかし、96年を最後にTOEICの国別受験者数は公表されていない。情報隠ぺいを始めたくらいだから、受験者数の大半は日本人と韓国人であると思われる。
時は大阪万博の頃、1970年代半ば。当時、“国際化”の中で日本人の英語力に危機感を抱いた通産省と経団連が1970年代に、米ニュージャージー州プリンストンに本部がある世界最大の非営利テスト開発機関、ETS(Educational Testing Service)に働きかけてTOEICを開発。ETSはTOEFLをはじめ、欧米の大学・大学院向けの共通試験やアメリカの公共機関や学校関係のテストの大半を開発・制作している。余談だが、ETSはNPOとはいえ、儲け過ぎの組織である。まあアメリカのNPOはしっかり稼いでいるから、基金を目的のために有効活用できる有為な人材を引き寄せるに足る大企業並みの給与を支払える。2年間の研究開発を経てTOEICテストが実現。
知人で当時の経緯を知るアメリカの大学院で働く年配の日本人教官に言わせると、「学術的素養も問われるTOEFLでは当時の日本人に難しすぎた。よって、日本人に合わせた英語力試験を作る必要があり、それがTOEIC。TOEFLを欧米人と同じ土俵で争う硬式テニスとすると、TOEICは体力のない日本人用に生まれた(実際は、ボールの入手のしやすさで生まれた)軟式テニスのようなローカルスポーツ」という。これも“役所の裁量”で生まれた制度なのだ。
TOEICはマークシートでヒアリング(聴き取り)、リーディング(読解力)重視の試験だ。つまり、TOEICが誕生した高度成長期当時のニーズであった「技術や知識の輸入」に合わせたまんまの試験ともいえる。一方、世界ブランドであるTOEFLは日本人には手ごわい。それは日本人が苦手とする発信能力重視に切り替わったからだ。ライティング(書く力)とスピーキング(話す力)が重視されている。「発信ができない者はアメリカに留学していらない」という感じだ。これだけ内容が違うと、いくらTOEICができてもTOEFLでは通用しないということになる。日本以外の世界では英語での発信能力が問われているのだ。
TOEICの最大の貢献は受験料の安さ。TOEFLの3分の1ほどである。しかし、それでも経産省と財界が結託した英語利権ともいわれる試験。財界のTOEIC重視キャンペーンのおかげで、一昔前の漢字検定に勝るとも劣らないくらい儲かっている。TOEICを運営するのが国際ビジネスコミュニケーション協会と言われる財団法人。英語の検定試験なのに、この財団法人を所管するのはなぜか経済産業省。文科省ではないのだ。
税制等で大きな優遇があるのが財団法人だが、ここも必要以上に利益を上げていた。この財団法人の会長は通産省OB。経産省は定例検査で、当協会の黒字拡大を確認し、内部留保が基準を超えるため、書面で受験料引き下げを検討するよう求めた。それを受け、当協会は受験料を1割弱値下げした。
TOEIC誕生の動機は「日本人の英語力向上」だったので、純粋だったと思う。しかし、時代に合わせて、試験内容を変えず、世界の潮流に乗り遅れた。それなのに、試験を利権化した役所が財界を動かして、こんなガラパゴス試験を日本人に受けさせている。結果、学生や社会人もグローバル対応できずに被害者となるばかりだ。
財界は“グローバル人材”の育成だの採用だの騒いでいるが、世界基準の硬式テニスで戦わねばならない学生や社会人にいつまでも軟式テニスの練習ばかりやらせていて“グローバル人材”とか言っていられるのか?いつかその理由も明確に書きたいが、今こそ大学入試を含めたあらゆる英語試験をTOEFLとすべきだ。日本人は目標設定さえ間違えなければ必ず結果を出す。日本人がこぞってTOEFLを受け始めると、ETSにボリュームディスカウントを要求して、値段を下げられると思う。TOEICや英検や大学入試を目標に英語の勉強をするからいつまでたっても英語が使えないだけだ。TOEFLにすれば日本人は結果を出す。硬式テニスで世界トップ20入りした錦織圭選手のように。