紫式部の父は越前守:国司の格付けはこうなっていた

NHK大河ドラマ『光る君へ』では石山寺が登場して滋賀県は盛り上がっているが、5月26日からは、福井県越前市(旧武生市)が舞台になる。

紫式部の父である藤原為時は、花山天皇の側近でしたので、敵対していた道長らの系統から冷遇されていたが、道長に直訴状を書いたのが功を奏して、淡路守という内示があったのだが、大逆転で越前守という美味しいポストを獲得して、越前に下ることになって、紫式部も同行した。

越前の国府は現在の越前市(武生)にあったので、赴任のときは、大津から小舟に乗って、継体天皇の故郷でもある滋賀県高島市三尾の沖合で一夜を過ごし、翌日に塩津港につき、そこから敦賀に出て、こんどは内陸の湯尾峠を通って越前国府に着いた。

『地名と地形から謎解き 紫式部と武将たちの「京都」』より

日野山という山に降る雪を見て京都西山の小塩山を懐かしんだりしている。越前市には、平安情緒を採り入れた紫式部公園がある。

紫式部公園

しかし、1年5ヶ月で単身で京都に戻りそこに住んで結婚し、宣孝は紫式部の中川の邸宅に通っていたようだ。

ところで、国司という仕事ですが、平安時代になると、国司は税収から京に決められた額を送れば、あとは、自分の取り分になっていた。

政治的には京を離れることで遠ざかるが、収入としてたいへん美味しく、中級貴族は、国司を務めている間に蓄財し、余生を送ったり、中央政界の有力者にプレゼントなどしてさらなる栄達を図ったりしていた。

大きな国でも治めにくい国もあるが、普通はやはり大国は美味しいので希望者が多かったわけである。

国のランキングとしては以下のようになっていた。

大国(13カ国)

大和国・河内国・伊勢国・武蔵国・上総国・下総国・常陸国・近江国・上野国・陸奥国・越前国・播磨国・肥後国

上国(35カ国)

山城国・摂津国・尾張国・三河国・遠江国・駿河国・甲斐国・相模国・美濃国・信濃国・下野国・出羽国・加賀国・越中国・越後国・丹波国・但馬国・因幡国・伯耆国・出雲国・美作国・備前国・備中国・備後国・安芸国・周防国・紀伊国・阿波国・讃岐国・伊予国・豊前国・豊後国・筑前国・筑後国・肥前国

中国(11カ国)

安房国・若狭国・能登国・佐渡国・丹後国・石見国・長門国・土佐国・日向国・大隅国・薩摩国

下国(9カ国)

和泉国・伊賀国・志摩国・伊豆国・飛騨国・隠岐国・淡路国・壱岐国・対馬国

これで見ると、のちの太閤検地のときに35万石以上くらいが大国だ。上国は15万石以上が目安だろうか。

尾張・美濃・信濃・下野・出羽・越後・紀伊・伊予・豊後・筑前などが大国でないのがちょっと不思議だ。

為信は下国である淡路を提示されながら大国の越前を得たのだから、道長への手紙がよほど良かったのか、あるいは、ドラマで描かれているように紫式部が道長に影響力を行使できる質だった可能性もゼロではない。

為信はのちに越後国司にもなっており、かなり恵まれ蓄財もしたはずだ。

紫式部の夫となる宣孝は、筑前と山城で中央政界では為信より恵まれているが、国司としては少し落ちるが、長生きしたらもう一つできたのでないか。

他の有名人でいうと、安倍清明は数学の才をいかして財政家としても活躍し播磨守になっている。清少納言の父である清原元輔は周防と肥後だ。清和源氏の源頼信は道長に使え伊勢・河内・甲斐・信濃・美濃・相模・陸奥の国司を歴任している。紀貫之は土佐だ。