刃物の町で有名なドイツ西部ノルトライン=ヴェストファーレン州のゾーリンゲン市(人口約16万人)で23日夜、市創設650年祭の開催中、ナイフを持った容疑者が祭に集まった人々を襲撃し、3人を殺害(67歳と56歳の男性、および56歳の女性)し、8人に負傷を負わせるという殺傷事件が起きた。
デュッセルドルフ警察によれば、若い男が24日夜に捜査当局に出頭し、自分が犯行に関与したと述べたという。独週刊誌シュピーゲルによると、容疑者の服は汚れ、血まみれであったという。この男は26歳で、シリアのデイル・アルゾール出身で、2022年12月末にドイツに来て、ビーレフェルトで亡命を申請したが、却下された。ドイツの治安関係者によると、容疑者はイスラム過激派とは知られていなかった。すなわち、ノーマークだった。
犯行直後、イスラム過激テロ組織「イスラム国」(IS)は24日、「我々の同士が行った」と、犯行声明を出した。ISはプロパガンダチャンネル「アマク」を通じて、攻撃者がISのメンバーであり、パレスチナやその他の地域のムスリムへの復讐として攻撃を行ったと主張し、「この攻撃はキリスト教徒の集団を標的にしていた」という。
警察当局はそれに先立ち、ゾーリンゲン市内の難民施設で別の男を逮捕したほか、15歳の少年が犯行を事前に知っていた可能性があるとして拘束されたが、事件との直接関係は不明。ゾーリンゲン殺傷事件は25日、連邦検察庁に引き継がれ、殺人とイスラム国(IS)への所属の疑いで容疑者に対する捜査を進めていく。
ゾーリンゲンの殺傷事件はドイツ全土に衝撃を与えている。25日の朝、事件現場は引き続き広範囲にわたって封鎖されていた。教会では数百人が追悼礼拝に集まった。
ショルツ首相は「恐ろしい出来事だ。非常にショックを受けている。犯人は法の厳罰を受けるべきだ」とオンラインサービス「X」に書き込んだ。フェーザー内相は「最も深く非難すべき、忌まわしい行為だ」と批判、現地の状況を確認するためにゾーリンゲンを訪れた。
一方、ゾーリンゲン市があるノルトライン=ヴェストファーレン州のヴュスト州知事は「明らかにテロ行為だ」と非難し、「この攻撃は私たちの国の自由と生活様式に対するものだ」と語り、「私たちの国は揺るがない。私たちはテロや憎しみによって動揺することはなく、私たちの生活様式を守り続ける」と述べている。
事件が報じられると、「なぜ容疑者は難民申請が却下された時点で国外退去処分を受けなかったのか」とショルツ政権の難民政策に疑問を呈する声が聞かれる。容疑者はシリアからブルガリア経由でドイツに入っている。
その一方、ドイツでは厳しいナイフ禁止法に関する議論が起きている。ショルツ連立政権の自由民主党(FDP)は24日、法改正の可能性に賛意を示している。ブシュマン法相も「今後、連邦政府内でこの種のナイフ犯罪との戦いをどのように進めるかについて議論する予定だ」と、ビルド日曜版に語っている。
「緑の党」のハーベック副首相は「ゾーリンゲンでの恐ろしい事件が、より厳しい法律で防げたかどうかは分からないが、いくつかの法的な強化は明らかに正しく、必要だ」と述べ、「ドイツの公共の場でナイフなど必要ない。私たちは中世に生きているわけではない」と強調している、といった具合だ。
ショルツ政権のSPD、緑の党、FDPはゾーリンゲン事件の容疑者がナイフで襲撃したことから、公の場でのナイフ携帯に関する問題をテーマ化しているが、問題は容疑者が難民申請を拒否されながら、送還されずにドイツ国内に潜伏できたことのほうが本来、深刻なテーマだ。
野党第一党「キリスト教民主同盟」(CDU)のメルツ党首は、ショルツ政権に対し、移民政策の転換を求め、連立政権内で行われている武器法の厳格化を巡る議論を批判、「問題はナイフではなく、それを持ち歩く人々だ」と強調する一方、シリアやアフガニスタンへの強制送還およびこれらの国からの難民受け入れの停止を求めている。
ちなみに、来月に入るとドイツ東部のザクセン州とチューリンゲン州で新しい州議会が選挙される。全ての世論調査によると、移民・難民受け入れを拒否する極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)が飛躍すると予想される一方、連邦与党のSPDや「緑の党」が壊滅的なダメージを受けると考えられている。
なお、ドイツでは暴力犯罪は2023年に21万4099件に達し、過去15年間で最高の数字だ。また、2022年と比較してナイフ攻撃は約800件増加し、ほぼ9000件に達した。現在、すべての犯罪容疑者のほぼ半数はドイツ国民ではない。フェーザー内相が計画しているナイフ禁止令は、マンハイムやゾーリンゲンのようなテロリストを止めることができるだろうか。
ドイツ民間ニュース専門局ntvでトーマス・シュモル記者は「まるで武器が問題であるかのように」という見出しで、「重犯罪を犯した難民申請者が追放されていない状況でマンハイムやゾーリンゲンのようなテロを防ぐことはできない」と警告を発している(注・2024年5月31日ドイツ南西部マンハイム市内の路上で男がナイフで複数の人々を刺す事件が発生した。犯人はその場で警察に射殺されたが、警察官一人が犠牲となった。同事件はドイツ国民にショックを与えた)。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年8月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。