評価分れる「独のアフガン強制送還」

ドイツのショルツ政権は先月30日早朝(現地時間)、2021年以来初めてアフガニスタン出身の不法移民28人を強制送還した。ステッフェン・ヘーベストライト政府報道官は、「今回送還されたのは、全て有罪判決を受けたアフガン国籍者であり、ドイツに滞在する権利がなく、退去命令が出されていた不法移民だ」と説明した。

ドイツ連邦政府は先月29日、治安状況を改善するための安全保障に関連した対策に合意。フェーザー内相(右)、ブッシュマン法相(中)、ハイドゥク経済次官(左)はショルツ政府の安全保障政策を発表した(2024年8月29日、連邦政府公式サイトから)

ドイツはタリバンがカブールを占拠して以来、アフガンと公式の外交関係を有していない。独週刊誌シュピーゲル誌によると、「送還はライプツィヒ空港からカタール航空のチャーター機を使って行われた。飛行機は午前6時56分にカブールへ向けて出発した。不法移民の28人はドイツ各地からライプツィヒに集められて送還された。アフガンへの強制送還は、ドイツ内務省が主導し、連邦首相府と共同で約2カ月前から準備されていたものだ」という。

予想されたことだが、ドイツのアフガン不法移民の強制送還では批判の声も上がっている。アフガンでは2021年夏、タリバンが再び権力を掌握した。タリバン政権は当初、穏健な政治を実施すると表明したが、反体制派活動家への弾圧、女性や子供の権利蹂躙などを継続するなど、独裁的な統治を行っている。

不法移民とはいえアフガン人を強制送還することは、①送還されたアフガン人の生命の危険、②ドイツがアフガン人を強制送還することでタリバン政府を間接的に認知する結果となる、という理由から、国際人権擁護団体のアムネスティ・インターナショナルなどはドイツ政府を批判している。国際法からみても、「生命の危険があり、拷問の恐れがある国に強制送還することは、ジュネーブの難民条約に明らかに違反する」というのだ。

ショルツ政権は「アフガン出身の不法移民の強制送還は今年6月ごろから慎重に準備されてきた。突発的な決定ではない」と弁明しているが、ドイツ西部ノルトライン=ヴェストファーレン州のゾーリンゲン市(人口約16万人)で先月23日夜、市創設650年祭の開催中、ナイフを持った容疑者が祭に集まった人々を襲撃し、3人を殺害(67歳と56歳の男性、および56歳の女性)し、8人に負傷を負わせるという殺傷事件が起きた直後で、移民問題が大きなテーマとなっている時だ。特に、ゾーリンゲン事件の容疑者は26歳で、シリアのデイル・アルゾール出身、2022年12月末にドイツに来て、ビーレフェルトで亡命を申請したが、却下されたにもかかわらず、その後もドイツ国内に不法滞在していたことが明らかになったばかりだ。

ドイツのメディアでは「容疑者を難民申請却下直後、ダブリン協定に基づいて容疑者が欧州で最初に難民申請したブルガリアに強制送還するか、シリアに送還していたならば、3人のドイツ国民が殺害されることはなかった」という批判の声が聞かれる。

それだけではない。東独のザクセン州とテューリンゲン州で今月1日、州議会選挙が実施されたが、通称アンぺル政権と呼ばれる社会民主党(SPD)、緑の党、自由民主党(FDP)の移民政策への批判の声が強く、反移民政策を主張する極右「ドイツのための選択肢」(AfD)の飛躍の根拠ともなっている。

ドイツ連邦検察は、ゾーリンゲンのテロ事件を「イスラム過激派による犯行」と断言し、ショルツ政権は先月29日、イスラム過激派テロに対する防護策、違法移民対策、および銃規制の強化を目的とした新たな対策を発表した。この中には、ナイフ禁止区域の拡大、出国義務のある難民に対する給付金削減、治安当局に対する捜査権限の追加、イスラム過激派対策のための予防プロジェクトの増加が含まれている。今回、アフガンへの強制送還は不法移民への一種の対策パッケージというわけだ。

野党第一党の「キリスト教民主同盟」(CDU)のメルツ党首はゾーリンゲン事件直後、「シリアとアフガンからの移民受け入れを全面的にストップすべきだ」と述べていた。メルツ党首はショルツ政権のアフガン不法移民の強制送還決定に対しても、「現政権の移民政策は不十分だ」と指摘し、移民政策の抜本的な見直しを要求している。

今回の政府の決定に対し、ドイツのメディアでも評価が分かれている。例えば、右派のタブロイド紙「ビルト」は「重大犯罪者の送還を歓迎する。ドイツ政府は国の安全保障が最優先であり、犯罪者を保護する理由はない。今回の送還は、最近の一連の暴力事件やテロの脅威に対する厳しい対応として評価する」と報じている。一方、独週刊誌「シュピーゲル」や人権団体は、「送還は人権問題や国際法違反のリスクを孕んでいる。アフガンでは依然として人権侵害が常態化しており、特にタリバン政権下での送還は、帰還者が深刻な危険にさらされる可能性がある」と懸念。また、この決定がドイツの基本法や国際法に違反する可能性も指摘し、政府の対応に批判的な立場を取っている。

いずれにしても、今回の送還決定は、ドイツ国内の政治的圧力や治安の懸念から行われたものであり、社会全体での評価は割れている。安全保障を重視する一方で、人権への配慮が不足しているという批判は根強い。

参考までに、ドイツがアフガンに人々を直接強制送還したことを受け、オーストリアでも同様の措置を求める声が高まっている。ネハンマー首相はドイツの決定を歓迎し、極右「自由党」のキックル党首は「ドイツの決定は遅すぎた」と述べている。社会民主党(SPO)と緑の党は、法的に可能であれば送還を支持すると言明。リベラル派政党ネオスは「ドイツで可能でオーストリアではなぜ実行できないのか不思議だ」と指摘している。

なお、オーストリア内務省のデータによると、タリバンが2021年8月に権力を掌握して以来、オーストリアから合計553人のアフガン国籍者が出国しており、そのうち157人は強制措置を伴わない送還命令に基づくもの。396人の強制送還のうち、362人が他のEU加盟国(主にブルガリアとルーマニア)に送還され、34人が第三国に送還されたという。同国はこれまでアフガン出身の不法移民をカブールに直接強制送還をしたことはない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年9月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。