トランプ氏二度目の暗殺未遂とウクライナ停戦の行方

トランプ氏・ラウス容疑者 SNSより

トランプ氏に対する二度目の暗殺未遂犯が、ウクライナ軍のための志願兵徴集も熱心に行っていた人物であった。あらためてウクライナ政策が米国大統領選挙において大きな争点であることが浮き彫りになった。

ライアン・ウェズリー・ラウス暗殺未遂犯は、元共和党下院議員アダム・キンジンガー氏と、ウクライナ支援活動でつながっていたと各地で報道されている。

キンジンガー氏は、リズ・チェイニー氏とともに議会襲撃事件に対する特別調査委員会の設置や、トランプ氏弾劾裁判決議に賛成するなどして共和党内で孤立し、2022年に議員を引退して、現在はCNNのコメンテーターを務めている人物である。熱情的なウクライナ支援者としても知られる。

ウクライナ政策をめぐる立場の違いが、アメリカ国内の政治対立と完全に一体化していることがうかがわれる。

日本では、トランプ氏は「ウクライナを見捨てるか」という煽情的な描写が目立つ。より基本的な構図では、トランプ氏がいわば早期停戦支持派で、ハリス氏がウクライナ継続軍事支援派だ。

9月12日、トランプ氏の副大統領候補であるJ.D.バンス氏が、停戦合意の内容となる案を披露して、話題となった。その骨子は以下の通りである。

  • ウクライナ軍とロシア軍は現状(その時点)で交戦を停止する。
  • ウクライナは主権国家として存続する。
  • ウクライナはNATOに加盟せず中立国となる。
  • ウクライナ支配地域とロシア支配地域の間に非武装地帯を設ける。

バンス氏の発言に、ロシア側が静観気味だが、ウクライナ支援者側は、かなり感情的な反発を見せている印象だ。ただ、これは今に始まったことではない。バンス氏は、トランプ氏以上に停戦推進派であり、「ウクライナは腐敗している」という発言も繰り返している。

ウクライナ政府は、トランプ=バンス陣営の動きに敏感だろう。クルクス侵攻は、11月の時点でのウクライナの支配地域を拡大しておきたいという願望の表れでもあったと言える。あえて「成熟」の成立に抵抗する姿勢を見せた。

停戦機運の「成熟」に抵抗したウクライナ――クルスク攻勢という冒険的行動はどこからきたか:篠田英朗 | 記事 | 新潮社 Foresight(フォーサイト) | 会員制国際情報サイト
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ウクライナにとって、多大な犠牲を払ってロシアの過疎地帯の国境の町スジャの支配に固執する軍事作戦には、合理的な利益がない。しかし11月下旬の時点での支配地域の関係が、停戦合意に大きく影響するということであれば、機械的に支配地域面積を広げておきたい(領土交換の交渉に使いたい)、と考え付きたくなる動機も働いたという指摘は、間違いではないのかもしれない。

もっともロシア領内過疎地域も含めてウクライナ支配地域面積を広げて、何とか11月まで維持するという試みも、現在の軍事情勢では困難だろう。ロシア側から見ると、スジャ近辺のウクライナ軍の存在は、あまりにも小さいため、これを駆逐するまでは交渉を始めないだけだと思われる。

もしそれに対抗して、ウクライナが、軍事的利益を度外視して、スジャの維持に固執し続けるならば、東部戦線への悪影響が、さらに広がるだけだろう。

上記のバンス発言に関して、NATOへの非加盟について述べるならば、2年半にわたる戦争をへてなおウクライナはNATOに加盟しておらず、NATO諸国はウクライナへの直接介入を避け続けている。仮に停戦が果たされても、近い将来にウクライナがNATOに加入できる可能性は著しく低い。

NATO非加盟を、停戦合意時に謳うかどうかは、多分にウクライナ国内政治情勢の見込みによる。つまりゼレンスキー政権が維持されるかどうか、である。戒厳令下で選挙が実施されないため、現状ではゼレンスキー大統領以外の人物が戦争を停止させる権限を行使する可能性がない。しかし負荷がかかりすぎれば、非制度的な状況をへて、ゼレンスキー政権が倒れる可能性も視野に入ってくることになるだろう。

ウクライナでは憲法がNATOとEUの加入を目指すことを規定している。他方、NATOの新規加盟の承認には全ての現加盟国の同意が必要となるため、アメリカなどがウクライナのNATO非加盟を約した停戦合意の保障国になれば、それでウクライナのNATO加盟の可能性はなくなる。実態としてのウクライナ非加盟の停戦合意への挿入については、制度的かつ文言上の調整が要請されることになるだろう。

非武装地帯の設置は、必須である。数千キロにわたる長い国境線を共有しながら、ウクライナ軍とロシア軍が直接的に対峙し続けるような状態は、持続可能性がない。軍事的支配地域の境界線にそって、両側に広がる形で、設置されることになるだろう。ただし、一定の政治的行政的区画に影響される可能性は、ありうる。また最終的な軍事的支配地域の境界線は、現時点では極めて流動的で、米国大統領選挙までの二カ月の間にも、大きく動いていくだろう。

ウクライナにとっては、自国領土のロシア占領地域が、ロシアに併合されたことを恒久的に認める約束をすることは、どうしてもできない。国連総会における決議の内容などにも反する。他方、ロシアが併合を放棄する可能性もない。ウクライナがロシアによる併合統治の実態の承認を避けた状態で、停戦合意を締結できるかは、最大の焦点になるだろう。

停戦合意の可能性は、現実的議題になりうるものとなってきているが、まだ困難も大きい。いずれにせよ今後の軍事情勢の展開によって、その内容は変わっていく。特にアメリカの大統領選挙までの2カ月間に、各方面に大きな負荷がかかっていく情勢になりそうだ。

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