ヒズボラ最高指導者ナスララ師の死で衝撃受けるイランとハメネイ師

イスラエル軍は27日、レバノンの首都ベイルート南部の市街地に潜伏していたイスラム教シーア派テロ組織「ヒズボラ」の最高指導者ハッサン・ナスララ師を殺害したと発表した。イスラエル軍は7月31日、パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム過激テロ組織「ハマス」の最高指導者イスマイル・ハニヤ氏を訪問中のイランのテヘランで殺害している。ヒズボラの最高指導者の殺害は、ハマスのイスラエル領内の奇襲テロを防止できなかったことで批判を受けてきたイスラエル軍とその情報機関にとって名誉回復を意味する一方、ヒズボラとハマスを支援してきたイランはイスラエル側の軍事攻勢を受け、その対応に苦慮している。28日のロイター通信によると、イラン最高指導者ハメネイ師がイスラエル側の暗殺計画を恐れて安全な場所に移動したという。

イスラム革命最高指導者ハメネイ師「抵抗戦線はシオニスト政権の朽ち果てた本体にさらなる壊滅的な打撃を与えるだろう」と表明(2024年9月28日、IRNA通信から)

オーストリア国営放送(ORF)は28日、「イランの深刻なジレンマ」という見出しで、ナスララ師の死は中東全域の情勢を大きく変える可能性があると指摘、特に、親イランの民兵組織ヒズボラを支援してきたイラン聖職者支配体制がナスララ師の死に大きな衝撃を受けていると報じている。

ヒズボラはイランが全面的に支援してきたシーア派民兵組織だ。イランが宿敵イスラエルへの前線組織として軍事、経済両面で支援してきた。ヒズボラはハマスやイエメンの反体制派組織フーシ派勢力を凌ぐ最大の軍事力を有している。イスラエル側はヒズボラの攻撃で避難した数万人のユダヤ人の帰還を目的にヒズボラ攻撃に乗りだした。ネタニヤフ首相は23日、「我々の敵はヒズボラであって、レバノン国民ではない」と指摘、レバノン国民に軍事攻勢前に避難を呼び掛けている。

レバノンで17日、無数の携帯用通信機器ページャーが突然同時爆発し、少なくとも12人が死亡、2800人が負傷したのを皮切りに、その直後、無線機の同時爆発などで多数のヒズボラメンバーが犠牲となった。その10日後、イスラエルへの報復を呼びかけたナスララ師がイスラエル軍の空爆の犠牲となったわけだ。イスラエル軍の圧倒的な軍事攻勢でヒズボラは指導者を失い、急速に弱体化してきているという。看過できない事実は、ナスララ師の死に対し、レバノン国内では喜ぶ声があることだ。

中東専門家は27日のイスラエル軍の空爆をヒズボラにとって「10月7日だ」と表現している。ハマスの奇襲テロを受け、イスラエル軍が震撼したように、ヒズボラはイスラエル軍の空爆で大きく揺れ出した。ヒズボラはハマスがイスラエルを攻撃した直後からハマスを支援し、イスラエルをほぼ毎日攻撃してきた。イラン政権はイスラエルへの圧力を高め、パレスチナの大義の擁護者としてハマスを支援してきたが、イスラエル側の軍事攻勢を受け、立場は逆転してきたのだ。

一方、イスラエルはガザでのハマス壊滅、そして今ヒズボラ最高指導者の殺害で状況は有利となってきたが、100人余りのイスラエル人人質が依然、ハマスの手の中にあって、解放の見通しはない。それ以上に、ガザ戦闘、そして対ヒズボラ戦線で軍事的優位に立ったイスラエル側は「戦闘後の青写真」、ポスト戦争の管理体制が依然明確ではないのだ。ネタニヤフ政権内で強硬派と穏健派で意見が分かれている。ただ、イスラエル軍はナスララ師を失い、弱体化したヒズボラを壊滅するためにここ暫くはレバノン攻勢を強めていくだろう。

問題は、ハマスとヒズボラの黒幕だったシーア派の盟主イランの出方だ。ハマスの奇襲テロで反イスラエル勢力に突進ラッパを吹いてきたテヘランはナスララ師の死を受け、当然報復攻撃に出なければならないが、イスラエルとの全面戦争には躊躇している。イスラエル軍の高度な戦闘力だけではなく、イスラエルの背後には米国が待機している。イランは米軍を巻き込んだ中東全面戦争で勝利できる確信はない。それだけではない。国内の経済が停滞し、国内には聖職者支配体制への不満が充満している。イラン国内の反体制派の動きを無視できない。そのうえ、ロシアから戦争のエスカレーションを回避すべきだという圧力があるはずだ。なぜならば、イランはウクライナと戦闘中のロシアに無人機やミサイルを送ってきたので、イスラエルとの全面戦争となれば、イランはロシアにもはや軍事器材を支援する余力がなくなってしまうことをロシア側は恐れているのだ。

イランのペゼシュキアン新大統領の就任式に参加したハマス最高指導者ハニヤ氏が7月31日未明、殺害された。テヘラン滞在中にハマスの最高指導者がイスラエル側の暗殺で死去したことから、イラン側のメンツは大きく傷ついた。ハメネイ師はイスラエル側への報復を宣言したが、イランはイスラエル軍との全面戦争にこれまで乗り出していない。それどころか、ナスララ師の死を受け、ハメネイ師は身の安全のために潜伏したというニュースが飛んできた。これを「イランの深刻なジレンマ」と呼ぶのだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年9月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。