中野サンプラザのショックを緩和する中野区財政計画を立案せよ

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先日、アゴラに「新・中野サンプラザ再開発ストップの衝撃:中野区政に与えるインパクト」をエントリーしました。

物価高騰、人件費上昇等の影響で中野サンプラザの再開発の事業費が約2600億円から約3500億円に増加し、事業の一時中断、最悪ゼロベースになる可能性が示唆されたというものです。それは令和6年度中に収受するはずであった転出補償金400億円が入らないことを意味します。

この400億円は、令和6年5月から開設した中野区役所新庁舎の建設のための借金116億円の返済、中野サンプラザ関連会社の解散の費用、今後のまちづくり、小中学校、センター等の区有施設の原資として充てられるものでありました。

中野区議会議員である小生は、このような事態になるはるか昔から、中野区の財政の考え方が甘いことを質してきました。

中野サンプラザのみならず、物価高騰、人件費上昇等により建設関連の費用は増加の一途をたどり、中野区は将来を見越した財政計画を立てるべきだと忠告し続けたにも関わらず、物価高騰がないデフレマインドで計画を作り続けました。前例踏襲主義のお役人仕事です。

この事象は中野区に限ったものではないため、中野区を事例として、この社会情勢の理解といなし方について考えをまとめさせていただきます。

1. 中野区の財政計画

中野区では今後10年間の財政運営の収支計画を財政フレームとして、適時更新しています。

令和3年(2021年)9月、「中野区基本計画(2021-2025年)」が改訂され、その5年間を前期2年間・後期3年間に分け、また次期・基本計画の5年間、それぞれの必要経費を合計値として示しており、次期・基本計画の施設関連経費は407億円と示されておりました。

そして中野区は令和6年(2024年)2月、コロナや物価高騰等の社会情勢の変化により、この基本計画の一部変更をしたいということで、中野区基本計画の後半3年間を「中野区実施計画」として策定しました。基本計画同様、次期・基本計画の施設関連経費が示され、641億円と1.57倍に跳ね上がりました。

表1 中野区の財政フレームの変遷

令和5年中野区議会第4定例会総務委員会において、区はこの上昇理由を、物価高騰による建設コスト増に20%上昇、ZEB化、要するに環境に配慮した建物にすることで10%上昇し、整備費用は合計1.3倍になると見込んでいるとの答弁でした。残りの27%は、施設改修の遅れや、区民ニーズにより廃止予定施設を残存し、施設改修の必要性が生じたためとのことです。

私は過去に、建設費用をハード事業費とし、その他区民サービスをソフト事業費としたとき、ソフト事業費は毎年平均30億円の必要経費が増加しています。それに建設コストの上昇を加味して、試算すると5年後の令和11年には区財政が破綻する可能性を示唆しました(参考:終わりの始まり?中野区の財政運営)。

図1 基金残高の推移(区想定、インフレ有無、ソフト事業費増加CASE別)

また、近年の学校などの建替えにおいては、延べ床面積がおおよそ1.3倍になっております。「鍋横区民活動センターの建替え計画」においては、延べ床面積が530㎡から1.79倍の949㎡へと増加しています。

表2 鍋横区民活動センター各室面積の比較(現施設・検討案)

中野区区有施設整備計画」において「更新年数経過後に現在と同じ延床面積で更新すると仮定し、延床面積に更新単価を乗じて更新経費を試算する」としているにもかかわらず、区民ニーズを反映のためか面積を激増させています。

表3 中野区区有施設整備計画の施設更新経費の試算条件

ちなみに、先ほどの施設関連経費の上昇理由にこの延べ床面積の上昇は入っておらず、反映すればその分の費用が上昇します。もちろん必要に応じて面積を増加すべきですが、区有施設整備計画における「現在と同じ延べ床面積で更新」という前提条件は破綻しています。

予算には限りがあるため、財政課、施設課などは、区有施設の建設において、基本設計を手掛ける前に予算、延べ床面積等の規模をそれぞれの施設に対して、明示し、持続可能な財政運営に努める必要があると考えます。

工事にかかわる費用を精査できなければ、新たな区有施設整備計画、それに関連して次期・基本計画を策定することはできません。

そこで今後の施設整備に大きな影響を与える物価と人件費の高騰などについて整理しました。

2. 物価高騰について

区内事業者と懇談すると、とりわけ物価高騰対策について多くのご意見をいただきます。事業者は契約期間中に上昇した物価上昇分の補填を求めており、決してわがままを言っているわけではありません。

一般財団法人建設物価調査会によると、東京における建設資材の物価指数は2015年1月を100とした場合、右肩上がりに上昇し2024年7月は138.3、10年間で38%の上昇、うち2021年以降の3年間で約33%の伸び率です。

図2 建設資材物価指数(東京)

数か月で建設資材の値段は大きく変わるため、工事請負契約約款に設けるインフレスライド条項の規定があります。事業者は賃金水準または物価上昇の変動により契約金額が不当となったことを区へ資料として示し、区と協議できるものです。建設中、インフレの影響で当初の契約金額よりも上昇し区の財政は非常に厳しい方向に働きます。

短期的な視点だけではなく長期的な視点でいえば、先に挙げた2026~2030年における施設整備関連費の物価高騰分を20%で再試算しましたが、現状はさらに早い上昇スピードであり、再々試算が必要です。区有施設整備計画を検討する上で物価高騰の取り扱いについては十分に反映し、抜本的に改訂しなければ、施設計画、財政は破綻します。

そのための考え方は「4. 同計画の改定について」に示します。

3. 人件費上昇について

国土交通省が示す「公共工事の設計労務単価」は、平成24年度に単価算出手法の大幅変更があり、必要な法定福利費相当額の反映が実施され、12年間連続、右肩上がりで増加し、プラス75.3%となりました。

図3 令和6年3月から適用する公共工事設計労務単価について

それに加えて、2019年に施行された「働き方改革関連法」では、時間外労働の上限規制を罰則付きで定めました。ただし、建設業界や運送業界には5年間の猶予期間が与えられ、2024年4月からの適用となりました。

長時間労働の是正により、時間外勤務の見直し、週休2日制が実質義務化し、建設業では工事現場への移動・準備時間なども勤務時間に含まれるようになりました。

以前であれば、工事現場における労務管理は粗雑で、例えば7時に会社に集合、車に道具と材料を積み込み、現場に向い、8時に現場到着、道具と材料を下ろし、8時半に作業開始としたとき、7時からの準備、移動時間は勤務時間に含まれませんでした。

今の事例で、働き方改革前、実質の作業時間を8時間の勤務としていたならば、働き方改革後は片道の移動等の時間で1時間かかれば、往復2時間分が勤務時間になるために実質の作業時間は6時間となり、作業時間は25%減ったわけです。

一日の作業時間減少に伴い、作業日数・人工が激増する上に、週休二日制度が義務化されました。結果的に人件費は10年前に比べて2倍以上になっており、施設整備に大きな負担となります。

4. 中野区有施設整備計画の改定について

今後費用が増大する区有施設の整備計画を改定するにあたり、中野区の財政事情に対して身の丈に合った、中野区に必要な施設数、配置、延べ床面積等などの目標値を定めるファシリティーマネジメントを策定すべきだと考えます。そのためにも単体の施設のみで考えずに、地域ごとに必要最低限の施設の数、配置、面積などを今一度改めて精査し、計画を策定すべきです。

施設更新においては現地建て替え、跡地活用などありますが、今後は民間活力を最大限に利活用するべきです。新北口駅前エリア、新中野サンプラザは高度利用地区の指定により、容積率600%だったものを、地域に対する公共貢献をするという条件のもと容積率を1000%として計画されました。

割増し容積率のメニューとしては、空地等の緩和の項目として、空地の確保、公共的屋内空間、緑化施設、一時滞在施設、宿泊施設があり、空地等の緩和以外の項目として、住宅、質の高い住宅の確保というメニューを活用しております。

今後、中野区がまちづくりに関与する際には積極的に高度利用地区など指定をすることで区が負担することなしに公共施設・空間を作り出していくべきと考えます。

図4 新サンプラザの容積率アップのためのメニュー

中野サウステラの中野の保留床については、令和6年第一回定例会における議論、アゴラでエントリー(参考:新・中野サンプラザは本当に大丈夫なのか?)しましたが、一等地であり、公共的な活用として良案がなければ、その資産の潜在的な価値を十分に引き出すために条件なし、市場価格で貸し出すことなどを検討すべきと考えます。

区が所有すべき施設の精査ができたら、施設整備費用にいくら掛かるかを試算します。さきにも取り上げましたが、物価高騰、人件費上昇が激増する中、施設を整備する時期によって価格が変動することを勘案した中長期の現実的な整備費用を試算する方法を検討すべきです。

最後に財政状況と相談です。中野区が策定する財政フレームの歳入は実質GDP成長率を加味した内閣府の経済財政諮問会議「中長期の経済財政に関する試算」を引用するなど、インフレが反映しております。しかし歳出においては物価高騰が反映されておらず、間違っていると断定できる財政フレームが編成され、財政的に余裕があると勘違いし、新規・拡充事業が乱発されていると考えます。

物価高騰、人件費上昇等により、建築後30年で大規模改修、建築後60年の建て替え方針では、財政が持たないため、長寿命化することを念頭に区有施設整備計画を改定すべきです。

また新たに整備する施設の延べ床面積の増加を前提とするならば、せめて上限値を設定する、複合施設を建設するなど、区全体で延べ床面積の上昇を抑制する必要と考えます。さらに整備の優先順位をつけるという考え方もあろうかと考えます。

順番はこの限りではないですが、この一連の作業を思考実験で何周もすることになるでしょう。このパズルは、持っているピースでは絶対に完成することがありません。削除するピース、統廃合などで大きく形を変えるピース、ゼロからつくるピースもあるかもしれません。しかし、そのピースは何故、削除するのか、形を変えるのか、財政状況を軸にその理由を区民の皆様に丁寧に説明しながら、進めることをお願いします。

そして中野区の未来を大きく左右する中野サンプラザ・旧中野区役所の跡地を活用した「中野駅新北口駅前地区再開発(いわゆる新サンプラザ)」は、工事費が高騰したために一時事業を止めることになり、中野区の財政は根底から崩れ始める可能性がある今、あらゆる対策を講じるべきであります。