BRICS首脳会議の開幕

10月22日、ロシアのタタルスタン共和国カザンで、BRICS首脳会議が始まった。24日までの日程で20カ国の国家元首・政府首脳を含む33カ国の代表団が集まった会議が開かれる。

BRICSの重要性は日増しに上がっている印象が強いが、今年は特別に注目されている。実際の会合の成果が明らかになる前に、なぜ重要だとみなされるのかについて、整理をしておこう。

第1に、ロシアが主催国となって開催される会議である点だ。ロシアのプーチン大統領は、国際刑事裁判所(ICC)の逮捕要請の対象で、思うようには外国渡航ができない。当然ながら、自国がホストになる会合であれば、その点は気にしなくていい。

ただ招待国が自重するのであれば、参加国は伸び悩むだろう。ロシアの国際政治上の位置づけを見定めるための象徴的な意味あいがもたされた会議となった。BRICSメンバーの参加はもちろん、主要な加盟申請国の首脳の参加を確保したことで、ロシアの政治的威信が保たれる形になっていることは、開催とともに明らかになった。

ただし例外は、ブラジルのルラ大統領である。大統領自身が欠席し、ヴィエイラ外相が外交団を率いている。自宅で転倒して後頭部を打ち、軽い脳出血を起こしているため、飛行機での長距離移動を一時的に避けるよう医師に助言された、という理由である。テレビ会議方式で首脳会議に参加するとも言われているので、実際にその理由は事実であるのかもしれない。

ただ年11月にブラジルで開催されるG20サミットには出席しないと、プーチン大統領が表明した直後のことだ。ブラジルがICC加盟国であるためだ。ロシア政府は、ブラジルに迷惑をかけないように配慮した、と説明したが、結果として、欠席が続くことなる。このことは後述するBRICSの地域性の問題とも関わり、一つの注目点である。

第2に、BRICSのメンバー拡大が注目を集めている。昨年、5カ国の新規加盟を決め、今年から9カ国がBRICSの正式メンバーだということになっている(サウジアラビアが加盟が決まった後に態度を留保し始めている)。昨年から始まった大幅な加盟国増加路線が、今年も継続していく予定であり、すでに数十カ国の加盟申請がなされているとされる。今回のカザンの会議では、メンバー以外の13カ国からの国家元首・政府首脳が参加していることになり、これらは有力な加盟候補諸国であると言えるだろう。

報道では、BRICSは新たに「パートナー」という枠を設けて、正式メンバーではない諸国の受け入れをする体制を整えているという。拡大をすることは確実な情勢だが、最終決定がなされていないためか、最終結果がどうなるのかはいまだ不明だ。注目点は、拡大の仕方と、不拡大の領域だ。

昨年の拡大国は、イラン、UAE、エジプト、エチオピア、そしてサウジアラビアだった。上述した通り、サウジアラビアは決定後に、態度を保留する姿勢をとっている。アメリカなどからの相当な働きかけがあったという推察もなされている。いずれにせよBRICS側の拡大の意図ははっきりしていた。

なんといっても、世界の原油取引の大部分を握る中東の産油国をBRICSのメンバーにするという意図が明白であった。現在BRICS諸国だけで、世界人口の4割以上を占めるだけでなく、世界の天然資源の相当量を抱えている。ここに中東の産油国が加われば、BRICSの政策協調による天然資源市場への影響が絶大になる。

イランとアラブの産油国であるUAE及びサウジアラビアを同時加盟させた。同時加盟させないと、残った国を取り込みにくくなるからだろう。サウジアラビアが態度を変えたとしても、BRICS側がさらなる翻意を待ち続けているようであるのも、こうした戦略的意図があるからだろう。

エジプトというもう一つのアラブの有力国を加入させると同時に、東アフリカでエジプトと対立するエチオピアも同時加入させた。これもどちらかを先に入れてしまうと、BRICSがアフリカに拡大していく際の足かせになるという判断が働いた措置だろう。よく配慮された措置であったと言える。

イエメンのフーシー派が紅海を航行する船舶を攻撃するため、紅海を通じた貿易取引が止まっている。これに対抗するためにイスラエルがソマリア領内のソマリランドにイスラエル軍を駐留させることを許可するように働きかけているという報道がある。

ソマリランドの後ろ盾は、エチオピアであり、UAEである。しかしソマリランドと対立するソマリア連邦共和国政府には、エジプトが接近している。これは、ある見方ではBRICS加盟国内の不穏な関係を示している事情と言えるかもしれないが、少なくとも現時点では、地域的な対立を越えてBRICSが浸透していくアプローチとなっている。

ただし注意すべきは、昨年からの拡大によって、BRICSがユーラシア偏重になり始めていることだ。もともとのBRICSの5カ国は、ブラジル=南米、ロシア=ユーラシア中央、インド=南アジア、中国=東アジア、南アフリカ=アフリカと、異なる地域それぞれの有力国が集結しているという仕組みをとっていた。

それが昨年の拡大によって、ロシアから中東を貫いてアフリカに到達する太い線が形成されることになった。BRICSは引き続きユーラシアの太い線を充実させ、ロシア=イラン=インドを結ぶ「南北輸送回廊」を発展させ、一帯一路に接続していく方向性を強化していきたいだろう。

ちなみに今回の首脳会談の会場であるカダンは、ロシアのイスラム圏の有力都市であり、「南北輸送回廊」の要衝であるロシアのカスピ海沿岸の町アストラハンに通じるヴォルガ川の上流に位置し、中国とロシアを結ぶ陸上交通路の中間点でもある。象徴的な意味に着目して開催地に選んだのだろう。

なお、あとアゼルバイジャンが加入すれば「南北輸送回廊」の主要交通路に位置する国の全てが、BRICS加入を果たすことになる(アゼルバイジャンはカスピ海航路の場合には抜かされる)。アゼルバイジャンのアリエフ大統領は、当然今回の首脳会議に出席している。

BRICSが次に関心を持っているのは、東南アジアである。昨年はASEANの雄であるインドネシアの加入が大きな焦点となった。結果は、インドネシアが中立的外交姿勢を維持するためにOECDとの同時加盟を望んでいることなどから、見送られた。しかし今年のBRICS首脳会議に外相を送り込んでおり、BRICS関与の姿勢はまだ捨てていない。

もっとも先にBRICSに加入する可能性が高くなっているのが、マレーシアだ。アンワル首相が出席していると報道されている。他にはラオスの首相が出席している。BRICS加入に強い関心を持っているとされるタイからは外相が出席している。東南アジアを一つの地域とみなすならば、BRICS加入国が存在していなかった地域だ。新規加入が有力と思われる。

懸案となるのが南米だ。昨年はアルゼンチンの加入が注目されたが、首脳会議直前の大統領選挙で新自由主義を旗印にするミレイ氏が当選して、BRICS加入も立ち消えとなった。その後も、親米的な路線をとっている。

もともと中南米はアメリカのお膝元と言っていい地域であり、いかにBRICSにも関心があると言っても、アメリカの影響力及び働きかけも強い。今回のカザン首脳会談でも、新規加盟を見据えた出席国の中に、南米からの国の姿は少ない。BRICSが標榜する「多元主義」が、中南米においてどのような展開を見せていくのは、一つの注目点である。

第三の注目点は、「脱ドル化」に向けた政策を、どこまで具体的に打ち出してくるか、という実質的措置に関わる点である。これは今後の国際社会の全体動向に関わる大問題であるが、現時点では情報が限られている。少なくとも会議における討議内容が判明してきた後に、あらためて検討していくことにしたい。

ただ「脱ドル化」に関して一つだけ指摘しておくと、日本で広範に「人民元はドルに代わる基軸通貨にはなれない」という主張が流通しているのは、的外れである。BRICSは人民元の基軸通貨化ではなく、現地通貨や新規取引手段を通じた決済方法の「多元化」を目指している。

中国とインドが同盟関係を結ぶはずはない、といった話も目にすることがあるが、BRICSはNATOのような軍事同盟化を目指しているわけでもなく、これも的外れである。インドは人民元の広範な流通を望まないかもしれないが、今回のBRICS首脳会議にあわせて中国との国境紛争を解決する合意も達成した。BRICSの存在価値を、加盟国はそのような点に見出している。BRICSはNATOにはならない、BRICSはEUにはならない、といった的外れな評価は、冷静な分析のために、百害あって一利なしである。

篠田英朗 国際情勢分析チャンネル」(ニコニコチャンネルプラス)では月二回の頻度で国際情勢の分析を行っています。チャンネル登録をお願いします。