私的「中国この30年」論④:4兆元投資で変質が決定的に

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(前回:私的「中国この30年」論③:民進国退の暗転

前号では、WTO加盟後の経済急成長によって素寒貧だった国庫に税収が戻ってきたこと、それが民営経済の伸張を快く思わない共産党保守派を元気づけた結果、2000年前後の「民進国退」が逆転、2000年代後半に「国進民退」が進み始めたことを述べた。

その変質を決定的にしてしまったのが、リーマン・ショック後の2009年から始まった公共投資主体の「4兆元投資」だった。当時の為替レートで円換算すると57兆円分、日本でもこれほど大きな経済対策は打ったことがなかったので「中国も大きくなったものだ」と感慨にふけった(翌2010年、日本はGDPで中国に抜かれた)。

4兆元投資は4兆元では止まらなかった。同時に金融を大幅緩和して銀行貸出バルブを全開にした結果、2010年代の投資の爆発的な伸びが始まる。始まりは4兆元だったが、2023年まで15年間の投資額(産業設備投資、公共投資、不動産投資などから成る「固定資産投資」額)を累計すると、なんと715兆元になる。今のレートで円換算すると、1京5千兆円という途方もない額だ。

2000年代、とくにその前半の中国経済は輸出主導の成長を遂げたが、2010年代には、成長の4割を投資に頼る投資・借金頼みの経済に変質していく。

ここで一つ道草話を。中国はよく715兆元もの投資を続けられたものだが、それを支えたのは、2000年代後半以降の貯蓄の急激な伸びであり、その裏側にあったのは人口動態、とくに急速に加速した少子化だった。子供が少なくなると、家計は養育費の負担が軽くなり、貯蓄に回せるカネが増えるのだ(※日銀副総裁だった西村清彦氏は、資産価格バブルは人口動態と深い関わりがあるとする研究を発表している、少子化の急速な進展が貯蓄増大を通じてバブルを発生させたという点で、中国はこの説の格好の検証材料だ)。

2010年代に投資が爆発的に増大したことが「国進民退」を決定的にしたと考えるのは、この過程で次のようなメカニズムが働いたからだ。

  1. 「4兆元投資」と後に続く膨大なインフラ投資は、ほとんど全て国有企業に発注された(国有企業が利幅の厚い元請けになり、民間企業には利幅の薄い三次、四次の下請仕事しか回ってこない)
  2. 貸出バルブが全開になった銀行融資を受けられるのは国有企業に限られた(この当時、預金総残高の2/3を占めた四大国有銀行などは、民営企業を相手にしなかった)
  3. この時期に生じた不動産バブルによって、都市用地(利用権)を払い下げる地方政府の懐に莫大な収入が入った(不動産デベロッパーは、少し前まで民営企業が大活躍したセクターだったが、いちばん儲けたのは彼らでなく地方政府だ)

これによって、中国の富の配分は、圧倒的に「官」偏重になってしまった。次のグラフは経済全体の純資産のうち、政府が保有する割合を各国比較したものだが、中国は他国に比べて図抜けて政府のシェアが高いことが分かる。

上のグラフの対象は純資産だが、負債を考慮した総資産で見ると「官」への富(資産)集中はもっと顕著になる。

次のグラフは、もともとは「銀行借入は国有企業の特権である」ことを証明するために作られたもので、上場企業の総負債が極少数の超大型国有企業に集中していることを示しているが、負債が集中しているなら、資産の分布も同じだと考えて良いだろう。

このように富が「官」に集中したことによって、国有経済と民営経済の間には、圧倒的な規模と力の差が開いてしまった。2000年代には、国有企業に匹敵する存在感のある大手民間企業があったが、今日ではもともと私企業が強いIT関連のような例外を除けば、国有企業と民間企業の規模や力の格差は到底埋められないほど大きくなってしまった。中国共産党と中国政府は、この圧倒的な財力と法的な権限によって、経済に対して他の国では考えられないほど強い影響力を行使するようになった。

こうして、中国経済はWTO加盟交渉の折、中国代表団が力説していたような市場経済主導とは似ても似つかぬ姿になった。例えば、加盟時に中国が法的拘束力のある約束として承諾した義務には、次のようなくだりがある。

【WTO中国加盟議定書】

中国代表はさらに、中国はすべての国有企業および国有投資企業が、その購買と販売をひとえに商業的考慮(たとえば価格、品質、販売可能性、調達可能性)に基づいて行うこと、及び他のWTO加盟国の企業は、これらの(国有)企業との販売及び調達に無差別的な契約条件の下で、参加、競争できる適切な機会を与えられることを確保すると確認した。

加えて、中国政府は、直接、間接を問わず、国有企業および国有投資企業の商業的決定(量、価値、購入され又は販売される製品の原産国を含む)に対して、WTO協定に整合的な方法によるもののほか、影響力を行使することはない。

2001.11.18 加盟作業部会報告書 第6章パラグラフ46

いま読むと「何の笑い話ですかこれは?」という感じだ。中国自身、四半世紀前にこんな約束をしたことを覚えてはいないだろう。そこから「中国はWTOに加盟するため我々を騙した」という欧米で聞く例の論調が出てくる。

しかし、私はそうは思わない。江沢民は2000年に民営企業家に共産党入党の途を拓いたが、これも保守派がブチ切れるような出来事だった。「西側を騙すための陽動作戦」にしては、手が込みすぎていて、コストが大きすぎた。WTO加盟交渉の中国代表団も嘘をつく積もりはなく、「中国はこれから市場経済化していく」と考えていたと思う。

ただ、中国人すべてがそう考えていた訳ではなかった。「民営企業が大きく成長し、政府の経済関与は減って、西側で一般的な市場経済主導の中国経済になっていくことが中国の発展を約束し、国益に叶う」と考える改革派の人々とは別に、「そんなやり方は社会主義公有制という国是に反して間違っている」と考える保守派の人々もいた。

しかし、保守派の人々は外国人に対して、改革派ほど胸襟を開いてくれない。外国人は自ずと改革派の話を多く聞くことになる。そして、「それが中国、中国人の考え方だ」と思い込み易い。そこに陥りやすい陥穽がある。

時代と情勢が移り変われば、中国の中で相対立する考えも消長盛衰する。中国の向かう先は、その合力(ベクトル)に従って移り変わっていくのだ。

自分勝手な話だが、超大国ほど自分勝手に揺れ動くものだ(もう一つの超大国の昨今の揺れ動き方を見よ)。この四半世紀の間に、西側だって随分変貌、変質したのだ。

(その⑤につづく)


編集部より:この記事は現代中国研究家の津上俊哉氏のnote 2025年1月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は津上俊哉氏のnoteをご覧ください。