ホワイトハウスでの外交決裂と「その後」

世界の人々が驚いた。アルプスの小国オーストリアに住む当方もやはりビックリしたというか、どうなっているのかと、不安が持ち上がってきた。そして「今後、どのようなことが生じるだろうか」と考えざるを得なくなった。ローマ教皇の入院で多忙なバチカンの新聞「ロセルヴァトーレ・ロマーノ」は2日、ワシントンで生じた外交劇を無視できないとして、「外交は困難で忍耐が必要なものだ。トークショーではない」と論評し、「その後」について一抹の懸念を吐露していた。

ロンドンでスターマー首相と会談するゼレンスキー大統領 2025年03月01日、ウクライナ大統領府公式サイトから

ホワイトハウスを訪問したウクライナのゼレンスキー大統領、それを迎えるトランプ大統領とバンス副大統領の3者が織りなしたやり取りの話だ。世界の主要メディアは一大事といわんばかりに、その後、連日、ホワイトハウスでの3者の外交衝突劇について特集で報じているから、読者の皆様は既に大まかな筋、その影響についてご存じだろう。

ホワイトハウスで演じられた外交劇について、保守派メディアの米紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」は「ゼレンスキー氏とトランプ・バンス組との衝突、交渉決裂での勝利者は(その場にはいなかった)ロシアのプーチン大統領だ」と総括していた。トランプ第一次政権で国家安全保障問題担当大統領補佐官を務めたジョン・ボルトン氏は「トランプ大統領とバンス副大統領のウクライナ政策、ロシア支持は米国の安全問題を危機に陥らす」と主張し、ロシア側との停戦交渉を優先する余りにウクライナ、欧州諸国を敵に回すことは危険だという論調を展開させていた。

米滞在を早めに切り上げたゼレンスキー氏は2日、英国で開催される欧州主要国首脳会議に参加するためロンドンに飛んだ。ホスト国英国のスターマー首相はワシントンからきたゼレンスキー氏を抱擁して迎えた。スターマー首相だけではない。スペインのサンチェス首相らの欧州首脳陣らは次々とゼレンスキー氏を抱擁していた。米国でトランプ大統領らと激しい外交やり取りをしたばかりのゼレンスキー氏を慰めたいといった思いからゼレンスキー氏を大歓迎したのだろう。

ロンドンのシーンはテレビカメラに撮影され、全世界に配信されたので、トランプ氏が見れば、「欧州は我々側ではない」との間違った印象を受けるかもしれない。すなわち、米国と欧州間の関係に取り返しのつかない亀裂を生み出すことにもなり、プーチン氏を喜ばすことになる。

ホワイトハウスの出来事について、欧州ではゼレンスキー氏支持の声が強い。オーストリア国営放送はキーウの路上で市民にインタビューしていた。それによると、ウクライナでも大多数の国民は「大統領はよくやってくれた」という声が支配的で、批判の声はほとんど聞かれなかったという。多分、それは事実だろう。

ここではゼレンスキー氏に対して、2、3の注文をつけたい。米国訪問では外交儀礼を厳守すべきだったということだ。例えば、ホワイトハウスからは「スーツを着用してください」という要請があったという。しかし、戦時中のウクライナから来た大統領は「戦争が終わるまでは私はスーツを着ない」と言って、いつもの黒の長袖シャツでホワイトハウス入りした。キーウからのゲストを迎えたトランプ氏はゼレンスキー氏に「今日は着飾っているな」と皮肉を言っている。会合中、米国ジャーナリストからゼレンスキー氏は「どうしてスーツを着用しないのか」と聞かれていた。

ゼレンスキー氏の説明は理解できる。数多くの兵士たちが戦闘で命がけの戦いをしている。そんな時にスーツを着ることが出来ない、という強い思いから、米国訪問でも同じスタイルを維持したわけだ。

仮定だが、ゼレンスキー氏がスーツ姿で登場し、会合の最初に大統領と米国民に向かって、これまでの支援に感謝すると述べていたならば、あのような外交決裂は生じなかったのではないか。

たかが、外交儀礼、されど、外交儀礼だ。特に、トランプ氏は外交儀礼を重視する。ゼレンスキー氏はトランプ氏がどのような性格の持ち主かもう少し研究しておけば、良かったのではないか。トランプ氏から「あなたは第3次世界大戦を誘発させる危険性がある」といった警告を受けずに済んだのではないか。

ゼレンスキー氏を批判するつもりはない。多くの国民が戦場で死んでいるのを直接目撃してきたゼレンスキー氏には平時の政治家では理解できない、怒り、悲しみ、涙が蓄積しているだろう。だから、ちょっとした切っ掛けや言葉からそれが暴発することは考えられる。一方、トランプ氏とバンス氏は、米国メディアのカメラを意識し過ぎていたかもしれない。ゼレンスキー氏の置かれている状況に少しでも配慮する余裕があれば、あのような事態は避けられたのではないか。

まとめると、ロンドンでの欧州主要首脳国会議で欧州の政治家がわれ先にゼレンスキー氏を抱擁し、励ます姿はトランプ米政権にいいメッセージを送ることにはならない。米国と欧州諸国の間に北大西洋があり、両者を切り離しているが、ウクライナ問題を解決するためには両者は結束する以外に他の選択肢がないのだ。トランプ米政権もその点を理解していると信じている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年3月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。