トランプ大統領の孫はパーフェクトな中国語を話す

独週刊誌シュピーゲル最新号(2025年3月1日)には興味深いインタビュー記事が掲載されていた。「東欧史」の歴史学者、ルール大学ボーフムのゼーレン・ウルバンスキー教授との会見記事だ。記事のタイトルは「習近平国家主席とプーチン大統領は同じトラウマを抱えている」だ。

プーチン大統領を迎える中国の習近平国家主席(2024年5月16日、クレムリン公式サイトから)

プーチン大統領は旧ソ連崩壊が、習近平主席は旧ソ連ら大国によって奪われた領土に対して、トラウマを抱えているというのだ。ただし、ウクライナ戦争が契機となって両国関係は深まってきている。両者とも米国独占の世界秩序ではなく、新たな世界秩序を標榜してきた。ただし、プーチン大統領はロシア、米国、中国、インドなど地域の主要国家がその世界秩序のメンバーと考えているが、習近平主席は中国と米国2国の世界秩序体制を夢見、ロシアと同列に扱われることを好まないという。

ロシアと中国は国連安全保障理事会の常任理事国として国際問題では連携を取りながら、その覇権を拡大強化し、ウクライナ戦争では政略結婚として緊密関係を深めてきたが、ロシアが経済的に中国依存を深めていく中で、中国が政治的にも影響力を行使しようとした場合、大国・ロシアの復興を夢見るプーチン氏の威信が傷つく、といった状況が出てくるかもしれない。

ここではロシアと中国の長い歴史的な関係を振り返るつもりはない。同教授は「私が家族と一緒にワシントンに3年余り住んでいた時、偶然にもトランプ氏の娘イバンカさんが子供と一緒に遊園地に来ていたのを目撃した。イバンカさんの子供は中国人の家政婦と遊んでいた。その時、子供は中国人の女性と完全な中国語で話しているのを聞いた」という。トランプ氏の孫が中国語を完全に喋っていたのだ。

その教授の話を聞いて驚いた。なぜならば、トランプ大統領といえば、中国共産党政権を最大の敵国、競争国とみなし、同氏が行う外交も最終的には如何に中国の覇権主義を砕くかに注がれているからだ。そのトランプ・ファミリーの娘イバンカさんの家庭に中国人の家政婦(ベビーシッター)が住み、イバンカさんの子供をお世話していたのだ。そして子供はその中国人女性から中国語を聞き、パーフェクトな中国語で答えていたというのだ。

トランプ大統領はそれを知っているのだろうか。イバンカさんは第一期トランプ政権とは違って第二期目のトランプ政権には入っていないが、さまざまな国家的な情報がイバンカさんの家庭にも自然に流れてくるだろう。そのファミリーの中に中国人の若い女性がベビーシッターとして働いていたというのだ。大げさな表現だが、国家機密が中国側に流れる懸念はないのか、という心配事だ。中国語を話す中国人女性といってもそのプロフィールを知らないし、今も働いているのかは分からないから、多くの事は言えないが、奇妙な組み合わせだ、ということを感じたのだ。

トランプ大統領の政治スタイルはビジネス・スタイルだ。お得意のディールで交渉をまとめる。ウクライナのゼレンスキー大統領との間のウクライナのレアーアース資源に関する取引は、交渉が破綻して延期されたばかりだ。

トランプ大統領のディールを見ていると、トランプ大統領にとってウクライナの安全保障より、資源の獲得がより重要なのだろう。それは批判されることではない。外交もギブ・アンド・テイクだからだ。一方が与え、他方が受けるだけの関係は長続きしない。トランプ大統領のディール・スタイルは典型的な米国流実用主義に基づいているといえる。

ということは、中国共産党政権とのディールでも同じことが考えられるかもしれない。トランプ大統領にとっては中国とどのような取引が可能かにかかっている。共産主義イデオロギーを拒否するから中国へ制裁するのではなく、あくまで取引で有利な商談を得るために政策をチラつかせるのだ。

中国共産党政権下の多くの共産党幹部や政府高官、富豪はゴールデンパスポートを入手するために腐心し、自分の子供たちを米国のエリート大学に留学させている。米国の悪口を散々いう一方で、中国共産党幹部たちは秘かに自分の子供たちを米国に留学させるために特権を駆使している。共産党イデオロギーは二の次なのだ。多分、トランプ大統領にとっても同じだろう。中国の覇権主義を抑え、米国が世界の最強国の地位を維持するという大義があるが、実利を得るほうがより大切なのかもしれない。自身の孫が中国語をパーフェクトに話すことができれば、将来のディールにプラスになるという計算が働くだろう。

日本政府は米国と結束して中国の台湾進攻を防ぐという安保政策を掲げている。そのバックボーンは国際秩序を維持するために民主陣営の共通の価値観を守るという大義だ。しかし、トランプ米政権がある日、中国側の主張を突然支持すると言い出すかもしれないのだ。トランプ大統領はウクライナ戦争の停戦問題でプーチン大統領のナラティブを信じ、ロシアを支持し出したようにだ。その時になって慌てても遅すぎる。第2次冷戦時代はもはやイデオロギーの戦いではなく、実利獲得の争いとなってきただけに、どの国が同盟国であり敵国かといった区分けは益々複雑となってきている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年3月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。