トランプ米大統領がホワイトハウス入りして以来、ウクライナの停戦問題はより現実的なテーマとなってきた。同時に、欧州では米国抜きで独自の安全体制を構築していこうという機運が高まってきた。

ウクライナと欧州の防衛について話し合うマクロン大統領とトランプ大統領 ホワイトハウスXより
フランスのマクロン大統領は5日、国民向けの演説の中で、ウクライナへの支援継続と共に、フランスが保有する核抑止力で欧州の同盟国を保護する戦略的議論の開始を決めたと語った。マクロン氏は「欧州の将来はワシントンやモスクワで決定される必要はない」と指摘、米国がウクライナ紛争から距離を置くと発表して以来、欧州での米国の軍事力と核の傘がなくなる可能性が出てきた。そこで、欧州駐留の米軍の核に代わって、フランスの核主導の欧州の核の抑止力を、といった議論だ。
フランスは独自の核抑止力(Force de frappe)を保持しており、核戦力の運用について北大西洋条約機構(NATO)に依存していない。フランスは米国と異なり、「核共有政策」には関与しておらず、ドイツや他のEU諸国に核兵器を配備していない。NATOの核抑止力は「アメリカの指揮下」で運用され、加盟国の防衛に適用される一方、フランスの核はNATOの枠組み外にあり、フランスの独自判断で使用される。
ちなみに、フランスは、2025年現在、約290発の核弾頭を保有している。世界で4番目の規模だ。フランスの核戦力は、戦略原子力潜水艦(SSBN)に搭載された弾道ミサイル(SLBM)と、長距離爆撃機に搭載された空中発射巡航ミサイルで構成されている。
マクロン氏は米軍の欧州からの撤退を想定し、フランス自身の安全保障を最優先としてきた核の抑止をドイツを含むEU諸国にも拡大していこうというのだ。もちろん、他の欧州諸国がフランスの核抑止に「依存」できるのか、政治的議論が出てくるだろう。それだけではない。フランス国内でも核の抑止力を欧州全土に拡大することに対して、野党・右派の国民連合のマリーヌ・ルペン氏が「国家の抑止力の喪失」と強く反発し、政党間で分裂状態にある。
なお、核抑止とは、「核攻撃を受ければ報復がある」という確信を敵に抱かせることで、核攻撃や侵略を防ぐ戦略だ。そのため、抑止力が機能するためには、①核兵器の実在、②その使用意思の信憑性の2つが重要となる。
ところで、欧州には英国とフランスの両国が独自の核を保有しているが、欧州駐留の米軍基地には核が保管されており、NATOの核の抑止力となっている。例えば、ドイツには米国の戦術核兵器(B61核爆弾)がブンケル空軍基地(Buchel Air Base)に保管されている。配備されている核兵器:B61戦術核爆弾(推定10~20発)は米空軍が管理し、使用の最終決定権も米国にある。
ドイツは非核保有国だが、NATOの「核共有(Nuclear Sharing)」政策により、米国の核兵器がドイツ国内に配備されている。この核共有の枠組みでは、核兵器の管理・所有権は米国が持つが、有事の際にはドイツ空軍がトーネード戦闘機を用いて核兵器を投下する可能性がある(米大統領の承認が必要)。なお、米国の核兵器は現在、欧州ではドイツのほか、イタリア、ベルギー、オランダに保管されている。
ブンケル空軍基地の米軍の核兵器はドイツにとってロシア軍の侵略への抑止力になるが、ウクライナに対しては核の抑止力とならない。ウクライナはNATOに加盟していないため、NATOの核抑止の傘下には入っていないからだ。だから、ロシアは「米軍の核兵器がドイツにあること」を知りながらも、それをウクライナ侵攻の抑止力とは考えていないのだ。
いずれにしても、マクロン氏の発言は、米国が欧州防衛から撤退した場合の「補完的な抑止力」としての意味が強い。フランスの核抑止力はポーランドやバルト3国への侵攻は制御される可能性はあるが、NATO全体をカバーするものではない。米国の核の傘の代わりに、フランスの戦略核が欧州の核の傘の役割を担うという主張は核拡散防止条約(NPT)の制約もあって実行には難しい問題がある。
参考までに、欧州での独自の核の抑止論を主張しているのはマクロン大統領一人ではない。ドイツのジグマ―ル・ガブリエル元外相は独週刊誌シュテルンに寄稿し、「欧州には信頼できる核の抑止力が不可欠だ」と語っている。同氏は、「このテーマを考えなければならない時が来るとは思ってもいなかったが、欧州の抑止力を高めるためには欧州連合(EU)における核能力の拡大が必要な時を迎えている。米国の保護はもうすぐ終わりを告げる。欧州の安全の代案について今すぐ議論を始めなければならない。私たちがこの質問に答えなければ、他の国が答えてしまうだろう」と指摘し、欧州の自主的な核抑止力の強化を強調している。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年3月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。