インターネット時代に生きる現代人は手紙を書くという習慣を次第に失いつつある。当然だろう、PCやスマートフォンでメールを送れば、即相手のもとに届くからだ。手紙の場合、相手が遠いところに住んでいるなら、届くまでかなりの日数がかかる。クリスマスカードを送ったのに、相手には新年に入ってから届いたという話をよく聞く。だから、手紙を書くことがなくなっていったわけだ。

政府関係者たちとテヘランで会談するハメネイ師、2025年03月08日、IRNA通信
ところで、手紙を頻繁に書く政治家がいる。トランプ米大統領だ。トランプ氏は最近もイランの最高指導者ハメネイ師に書簡(手紙)を送っている。その手紙の内容を説明する前に、トランプ氏が北朝鮮の金正恩総書記に数回、手紙を送り、金正恩氏からも返答の手紙を受け取った話を少し思い出したい。その手紙の交流の成果もあって、トランプ氏は第1期政権時代、計3回、金正恩氏と会見している。
米大統領が朝鮮半島の独裁者と対峙会見することはその前までなかった。トランプ氏は第1期政権開始直後、「いつかは金正恩氏と友達になれるかもしれない」とツイッターで呟いている。その後、米朝首脳会談が3度実現した。手紙の効果といってもいいかもしれない。ただ、残念なことは、トランプ氏が願う成果、北朝鮮の非核化は実現できず終わった。
金正恩氏と今後も会見する考えがあるか、と質問された時、トランプ氏は「もちろんだ。彼は賢い指導者だ」と、批判するのではなく、褒めている。第1期の手紙の効果の賞味期限はまだ切れていないのだ。心を込めて手書きで書いた手紙は時間が過ぎてもその影響は残る。メールでのコミュニケーションで果たしてそのような効果を相手側に与えることができるだろうか。
それではハメネイ師宛てに送ったといわれるトランプ氏の手紙の内容の話に入る。
トランプ米大統領は7日、核交渉の可能性を念頭にイラン最高指導者ハメネイ師に書簡を書いたという。トランプ大統領は米放送局フォックス・ビジネスとのインタビューで、「もし軍事介入しなければならなくなれば大変なことになるので、交渉してほしい。選択肢は2つある。イランと軍事的に対処するか、合意を結ぶかだ。私はイランを傷つけたくないので合意を好むという趣旨の手紙を書いた」と説明している。
参考までに、国際原子力機関(IAEA)は最近、イランにおけるウラン濃縮度が「深刻に憂慮すべき」増加を示していると報告した。これによると、2月8日時点で同国には最大60%濃縮されたウランが推定274.8キログラムあり、11月より92.5キログラム増加した。核爆弾を作るには90パーセントまで濃縮する必要がある。イランの核兵器製造の「Xデー」が近づいてきている。
イランは2015年、米国、中国、ロシア、フランス、英国、ドイツの6カ国と、イランの核プログラムを制限する核合意を締結した。しかし、米国は2018年、当時のトランプ大統領の下でこの合意を破棄し、イランに対する制裁を再導入した。それに対抗する形で、イランは合意の義務を果たすことを止め、核関連活動を継続してきた経緯がある。
そこでトランプ氏はイラン側を説得するためにお得意の「手紙」作戦に乗り出したわけだ。果たして、トランプ氏実筆の手紙が頑固なハメネイ師の心を溶かすことができるか、と期待をもってイラン側の返答を待っていた。
ところがだ。テヘランから返答がない。IRNA通信によると、「ワシントンから手紙が届く予定だと言われているが」とイラン国営テレビの記者が8日、アバス・アラクチ外相に質問した。それに対し、外相は「私たちも同じことを聞いているが、まだ何も届いていない」と答えたという。それが事実ならば、トランプ氏の手紙はどこに消えてしまったのか。それとも、テヘラン側が手紙の内容を脅迫と受け取り、怒り心頭で手紙を燃やしてしまったのだろうか。
トランプ氏と金正恩総書記で機能した「手紙」がハメネイ師との間ではなぜうまくいかないのか。指導者の間でも相性が合う場合とそうでない場合があるから、「手紙」が同じ効果をもたらすと考えるほうが間違いだろう。
トランプ氏の手紙の受取人のハメネイ師は8日、「威圧的な勢力による交渉の呼びかけは問題解決を狙ったものではなく、イスラム共和国に要求を押し付けようとする試みだ」と主張し、トランプ氏の「手紙」については何も言及していない。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年3月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。