中国武漢発の新型コロナウイルスの発生源問題では「自然発生説」( a natural zoonotic outbreak )と「武漢ウイルス研究所=WIV流出説」(a research-related incident )の2通りがあるが、独連邦情報局(BND)が2020年の段階で「WIV流出説」を裏付ける機密情報、資料を入手していたことがこのほど明らかになった。

中国武漢ウイルス研究所(WIV)Wikipediaより
新型コロナウイルスが発生し、パンデミックとなった5年前、ドイツの情報機関BNDはコロナパンデミックの起源に関する機密資料を入手していた。BNDは2020年、それらの情報に基づいて、中国・武漢の研究所での事故が世界的なコロナパンデミックの原因である可能性が高いと結論を下した。この評価はBND内で確立されていた。
根拠となったのは、公的なデータの分析に加え、「サーレマー」というコードネームで行われた情報機関の極秘作戦で入手した資料に基づくものだった。資料の中には、中国の研究機関、特にウイルス研究の最先端機関である「武漢ウイルス研究所」からの科学データが含まれていた。また、自然界のウイルスを人為的に改変する「機能獲得(Gain-of-Function)」実験のリスクに関する証拠や、研究所の安全基準違反を示す多数の資料も含まれていたという。
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の起源を調査するように指示を出したのは、当時のドイツの首相府だった。メルケル政権下で、BNDのブルーノ・カール長官は首相府に対し、この機密作戦の結果とBNDの評価を報告した。その際、研究所起源説の信憑性は「80~95%」と評価された。しかし、首相府はこの極めて重大な情報を非公開とする決定を下したのだ。
メルケル氏は、この件についてコメントを拒否。当時の首相府長官ヘルゲ・ブラウン氏らも発言を控えている。当時の保健相で、メルケル氏と同じく「キリスト教民主同盟」(CDU)のイェンス・シュパーン氏は、情報機関の報告について「自分は何も知らなかった」と述べている。
複数のメディアの報道によると、ドイツ首相府はBNDの証拠について科学者に検証を依頼していた。スイスの「ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング(NZZ)」紙によれば、BNDは「研究所起源説」を裏付ける信頼性の高い証拠を持っていたとされる。これらの証拠は、過去数か月間に専門家会議で評価される予定だった。しかし、専門家による評価結果についての情報は公表されなかった。
メルケル政権からショルツ政権への移行後、BNDのカール長官は首相府に再び報告を行った。しかし、ドイツ連邦議会の情報機関監視委員会(PKGr)や世界保健機関(WHO)には、この情報は共有されなかった。
2024年末、ドイツ政府はBNDの知見を外部専門家に検証させることを決定。ロベルト・コッホ研究所(RKI)のラース・シャーデ所長とベルリンのウイルス学者クリスティアン・ドロステン博士を含む専門家チームが現在、BNDの情報の妥当性を評価している。最終結果はまだ公表されていない。
興味深い点は、BNDは昨年秋、詳細な情報を米中央情報局(CIA)にも提供していることだ。ところが、CIAは2025年1月に入って、「研究所事故の可能性は低い」との立場を示した。しかし、トランプ米政権がスタートした直後の1月25日、CIAは中国の研究室から流出した可能性が高いとする新たな評価を示したのだ。CIAは「入手可能な情報によれば、研究所起源説が、自然発生説よりも可能性が高い」と指摘。立場を転換した具体的な理由については説明しなかった。
以下は推測だが、バイデン前政権時代のCIAは「研究所流出悦」の裏付けになる可能性の情報・資料を恣意的に無視してきたが、トランプ政権後、BNDの資料が明らかになると隠蔽の疑いがかけられる恐れが出てくるため、BNDが提出した資料に基づいて、研究所流出説を支持する立場に急遽、転換したのではないか。
なお、BNDの報告にはウイルスが中国の研究所由来であるという仮説を裏付ける情報が含まれていたことについて、中国外務省の報道局長・毛寧氏は北京で、「新型コロナウイルスに関する問題で、中国はいかなる形の政治的操作も断固として拒否する」と強調し、BNDのWIV流出説を一蹴している。
ちなみに、米上院厚生教育労働年金委員会(HELP)の少数派監視スタッフの共和党議員らが15カ月間にわたり調査、研究して作成した「COVID-19パンデミックの起源の分析、中間報告」(An Analysis of the Origins of the COVID-19 Pandemic Interim Report)が2022年10月下旬、公表され、関心を呼んだことがある。結論として、「公開されている情報の分析に基づいて、COVID-19のパンデミックは、研究関連で生じた事件(事故)の結果である可能性が高い」と指摘、「WIV流出説」を支持している。その後、米エネルギー省は2023年2月、中国武漢発「新型コロナウイルス」の発生起源がWIVからの流出との結論に至ったという。同省の結論は新たな情報に基づいて下されたというが、その詳細な情報は明らかにされなかった。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年3月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。