トランプ大統領がしかける紛争はまるで「南北戦争の再来」

当時も「自由貿易主義対保護貿易主義」の闘い

トランプ大統領ほど、国内、対外で紛争を起こしたり、仕掛けたりした米大統領はまずいません。5月28日には、米国際貿易裁判所は「相互関税などは、大統領権限を逸脱しており、違法で無効」として、差し止め命令をだしました。政権側は最高裁まで争う構えです。本能的に闘争が好きなのでしょう。

トランプ大統領 ホワイトハウスXより

共和党対民主党の争いならともかく、トランプ大統領対連邦行政府、トランプ大統領対司法、トランプ大統領対中央銀行、トランプ大統領対大学ばかりでなく、対外的な分野でも、米中との対立、同盟国との対立、国際機関との対立など、一人の人物がこれほどまであらゆる次元で世界をかき回したケースはいないでしょう。

貧しい白人労働者の味方であることを示したいのか、トランプ大統領は26日、「反ユダヤ主義的なハーバード大学から30億㌦(4300億円)の助成金を取り上げ、全米の職業訓練校に配る」と述べました。エリート集団、アカデミズムを嫌い、貧しい労働者の味方として、職業訓練を施し、失業者にならないようにする。単純素朴で、古典的な思考の持ち主であることをよく分からせてくれます。

トランプ大統領は製造業の復活を目指して、高率の関税を課そうとしています。トランプ大統領の頭は、かつての鉄鋼、石炭、自動車などの労働集約的な産業モデルで支配されているのでしょう。私は米国の産業構造について詳しくないので、ChatGPTに質問すると、以下のような回答です。

「製造業のモデルはすっかり変わっており、今は21世紀型の知的製造業の時代です。労働集約的な労働ではなく、データサイエンス(工場の自動化)、マテリアルサイエンティスト(新素材開発)、システムエンジニアリング・ロボット技術者、国際的なサプライチェーン・マネージャーが必要とされています。高度な理工系教育、産業間連携ができる高度人材が製造業の中核となる時代です」。

そうした人材はトランプ大統領がイメージしているかもしれない「職業訓練所」では教育できない。21世紀型の知的製造業のためには、それこそトランプ大統領が冷遇する優れた大学の存在が不可欠となります。

トランプ大統領の頭には「自由貿易主義対保護貿易主義」という対立軸があり、「自由貿易主義で海外から輸入が増え、米国の雇用が奪われた。保護貿易主義によって、米国内の製造業を保護し、失業者が増えないようにしなければならない」という構図が根強く、定着しているようです。

単純化すると、今や「保護貿易主義=共和党」対「自由貿易主義=民主党」という対立構造になっているようです。米国は世界のGDPの26%、中国は16%を占め、残りの主要国は1ケタしかなく、米国が最も豊な国です。その豊かさで潤っているのは、金融証券、IT企業、サービス業で、地域的にはニューヨーク、シリコンバレーなどの巨大都市で、共和党支持者の多い内陸部、かつての製造業が栄えたラストベルト(錆びついた工業地帯)は豊かさから取り残されている。

グローバル経済で成功した階層・地域と、グローバル経済で浸食された階層・地域に米国が分断され、その対立がトランプ大統領を生み、支持者がいるという構図でしょう。これは米国の国内問題であり、その対応がまずかったことから米国の分断が広がった。

さきほどのChatGPTは「米国の内政の失敗が先にあり、それを対外的な強硬策で解決しようとしているとの指摘が米国内でなされている。つまり『米国内の構造問題の外部化』といってもいいでしょう。『内政の失敗』の代償を対外的な強硬策で回収しようとしている。そうした問題を直視しなければ、『強いアメリカ』への回帰はありません」とも解説しています。同感です。

時代を1860年代に遡り、南北戦争(1861-65年)をおさらいすると、奴隷解放が大きな目的であるとともに、奴隷制で農業で潤う南部の自由貿易主義と、工業地帯を持つ保護貿易主義の闘いでもあったとされます。自由貿易主義対保護貿易主義の対立は南北戦争時で見られ、それが21世紀になって甦ったという面があります。21世紀版の「南北戦争」です。

「米国内の南北戦争」を国内で解決しようとしないで、高関税を貿易相手国に払わせ、遅れた国内の製造業を守ろうとしているのでしょう。ChatGPTが指摘しているように、製造業はかつての製造業ではなく、高度の知識、技術、システムを駆使しないと、競争には勝てない。さらに南北戦争の時代とはことなり、産業は国内だけで完結されなくなり、国際的なサプライチェーンを生かさないと、国際的な競争に勝てなくなっているからです。

在来型の製造業の町から知識産業都市への転換に成功した事例として、ChatGPTはピッツバーグ(ペンシルベニア州、医療、教育、IT、ロボティックなど)を挙げ、地元大学と産業の連携が実を結んでいるといっています。ほかにも、クリーブランド(オハイオ州)が医療を軸に、かつての重工業の都市からライフサイエンス都市へと再生したそうです。トランプ大統領は保護貿易に走るより、「地域再生」に知恵を絞らねばなりません。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2025年5月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。